「ゲサラ/世界ろっくの地にする」今、世界で起きていること、これから起きること。

 

2019年は、人類が大きく目覚める年です。「世界をろっくの地」にする時が来ています。

 

私は、このことを最初にお道の人々に伝える役割があります。お道の人々が目覚めれば、世界が一気に陽気暮らし世界に移行するからです。お道の人の心はほんとうに力をもっているのです。そのことに、自信をもってください。

 

いま、世界で起きていることは、とても信じられないような変化です。

「もうすぐ、お金が要らない世の中になります」「お金がなくても全ての人の生活が保障されます」

こういう世界に移行しようとしています。グーグルで「ゲサラ/GESARA」で検索すればいろいろわかります。

 

GESARAが本当かどうか、意見が分かれるところですが、私は本当であると信じます。人間が信じたことが実現するからです。また、現状の政治経済の混乱から判断すると、ゲサラが発動される理由は十分にあります。

 

現在使用されている世界のお金は、たくさん発行しすぎて、経済がまともに動かなくなっているのです。また、1%の中央銀行のオーナーたち(民間人です)が、世界の資産の半分以上を保有して、これを人類に開放せず、独り占めしていることで、世界の80%の人たちが1日千円以下の貧困生活を強いられているからです。この状況は、親神様が決して許さない情況なのです。「世界をろっくの地」にする時が来ています。

 

アメリカと中国、ロシアは既にGESARAで合意しており、お互いに関税を引き上げて自由貿易を抑制しているのは、GESARAが始まった時の混乱を避けるためです。TPPなどの自由貿易から離脱するのも、GESARAに移行した時の経済的なリスクを避けるためです。GESARAに移行すると、まず考えられる事は、競争的な自由貿易はほとんど意味がなくなり、自由貿易は大幅に縮小されることになると思います。人々は、経済活動で競走することをやめるからです。

 

なぜゲサラに移行するのか、その決定的な理由は、いま使われている全てのお金は、何も担保(裏付け)となる保障がなく、金(ゴールド)などの物的資産との交換が保証されていないことです。今のお金は、ただ「中央銀行が印刷した」というだけで、何も他に保証がないのです。しかも、この中央銀行(日本銀行)は、政府の銀行ではなく、株式が上場されている民間銀行として個人が株式を保有しているのです。

 

日本円を発行している日本銀行(日本の中央銀行)は、実は民間の株式会社です。オーナーがいるのです。日本円も日本政府が発行しているのではありません。日本円の通貨発行権は民間人の株主がもっているのですが、それは公表されていません。

 

株式会社「日本銀行」の株価

https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/detail/?code=8301

 

 

 

 

この中央銀行の株主が世界経済を独占している世界1%の「超お金持ちのエリート集団」です。 彼らは、自分たちの資産が「紙切れ」になるのが一番嫌なので、自分たちが所有しているテレビや新聞会社を通して「GESARA情報」を完全にカットして、フェイク情報ばかりを流して、人類に知らせないようにしています。

 

近年の最大のフェイク情報は、トランプ大統領の「ロシア疑惑」です。これは大手マスコミのフェイクニュースでしたが、2019年2月に入って完全に「証拠がなかった」ということが確定したのに、テレビは全く報道しません。

 

2月12日ニュース トランプ大統領のロシア疑惑 証拠なし確定

https://www.nbcnews.com/politics/congress/senate-has-uncovered-no-direct-evidence-conspiracy-between-trump-campaign-n970536

 

 

実は、トランプ大統領はたいへん素晴らしい人格者であり、彼の支持者の間では、彼は「世界を救う大統領」であると考えられています。しかし、ゲサラに反対するエリート層はマスコミを使ってトランプに反対し、「ロシア疑惑」で大統領を辞めさせようと必死だったのです。以下の動画はトランプが人を助ける心の持ち主であることを示しています。

 

トランプが行ってきた施し 新 ch政経 2018/07/11 に公開

https://www.youtube.com/watch?v=UoioieTqdLU

 

 

さて、ゲサラについてです。これは「RV:通貨リセット」とも言われています。お金が完全にリセットされるという、画期的なイベントです。

 

かつて、経済がまともだった時代の「お金(金本位制、1973年のニクソン・ショック以前のもの)」は、いつでも金などの資産と一定の割合で交換が可能でした。現在のように、物的資産の裏付けがない現在のお金は、いつ「紙切れ」になっても不思議ではない情況になっているのです。このことは間違いありません。

 

GESARA(Global Economic Security and Reformation Act)とは元々、アメリカで2000年3月ビルクリントンが署名し、2001年9月11日に施行される予定であったアメリカの法律NESARAの世界版(Global版)だと言われています。このお金の問題は1990年代からアメリカで真剣に議論が始まり、2000年3月に一つの法律(NESARA)ができあがったと言われています。

 

この情報は「作り話」だという説もありますが、私は本当だと信じます。インターネット上では、毎日何万人の人々がこの情報にアクセスして、今後の動きを注視しています。量子力学で言う通り、人間が心で意識したものは、この世界で現実化されます。ですから、多くの人がGESARAに注目して、その実現を意識すれば、世界が新しい次元に移行していくのです。これは私たち自身の問題として意識するべきことです。

 

ゲサラの扉を開くとき 動画 2分 

https://www.youtube.com/watch?v=STtfajo9kWE&t=6s

 

ウィキペディア National Economic Security and Recovery Act (NESARA)

https://en.wikipedia.org/wiki/NESARA

 

Youtube 「GESARA」ゲサラとは?

https://www.youtube.com/watch?v=kVChS5Iapns&feature=share

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、学生のころから、「神とは何か」を一生懸命に考えてきました。

 

学生の時にサイババに関する本で、青山圭秀『理性のゆらぎ』を読んで、驚きました。青山さんは大学院で科学を研究している人で、インドの聖者のサイババの言葉を科学的に研究していたようです。

 

サイババの言葉で印象的なのは「私は神の化身であるが、貴方がたも神の化身なのです」

という話です。いつも人々に話しかける時には「神の化身である皆さん」と呼びかけます。

 

つまり「自分が神であることを、私は知っているが、貴方がたは知らない、忘れているだけなのだ」と言うのです。インドなどのヒンズー教の信仰では、人は厳しい修行の末に現世を離脱(解脱)するのですが、それは人が神(宇宙)と合一することであり、人間の目的は「神と合一」することであると考えられています。いったいどういうことか、こうした情報から、私は「神とは何か」をずっと考えていました。

 

「人間が神である」とはどういうことでしょうか。お道の教えに照らして考えてみましょう。

 

親神様は、この世界を創造する時に、イザナギ、イザナミの男女の雛型を創造して、親神が自らこの人間に入り込んで、人間を生み出しています。このことは、私たちの魂は、親神様の魂と同一の魂であり、親神様がそのまま人間に入り込んで、自己増殖している。つまり、私たちは全て親神様の魂を共有している「分け御霊」であることを意味しています。

 

また「陽気暮らし世界をみて共に楽しみたい」という意識は、親神様の意識であると同時に、私たち人間がいつも望んている意識と同じものです。つまり、私たち人間が、親神様の意識を引き継いでおり、心の奥では全ての人が「陽気ぐらし世界の実現」を意識して、暮らしているとも言えるでしょう。この意識が「神の意識」で、信仰の上で一番重要な意識であり、この世界を変えていく「最も力の強い意識」でもあります。

 

また、「どろうみ」の御話では。「人間は虫鳥畜類と八千八度の生まれ変わりを経て」とあるあたりで、人間の魂が五分五分と成長するに従って「海山も日月もようやく固まりかけてきた」となっています。

 

つまり、私たち人間の心の成長、人間の心の状態に合わせて、この世界が形作られてきたことを表しています。親神様が、常に変わらずご守護くだされているのは間違いないですが、人間たちの成長によって、この世界も形づくられてきたことは、私たち人間の心がこの世界を形作ってきた、つまり人間の心、意識がこの世界を作り上げてきたと理解しても間違ないのです。

 

なんで、こんなややこしいことを考えるのか、と思うかもしれませんが、「人間の心が世界を動かしている」「人間の心次第に世界は形作られている」ということを、私たちは理解するべきだと思うからです。つまり、信仰する者の心構えとして、神様に「~~してください」とお願いするのではなく、私たちの描く心の通りに、この世界は形づくられているという事実をしっかりと理解することが大切だと思うのです。

 

誤解を恐れずに言えば「人間こそがこの世界では神」なのです。

ただし、「人間」は一人ではありませんので、みんなが「神」であり、「私たち」が「神」です。「神である私たち人間が自ら陽気暮らし世界を創造していく」のが正解です。

 

まず、これをしっかりと知ることが大切です。その上で、人間は神ですが、もっと正確に言えば「人間は神の一部」です。この地球には現在75億人の人間がいます。自分だけが神ではないのです。75億人の全ての人間が「神の一部」であり、さらに言えば「この世界の全ての命が神」であり、この「世界という一つの命(神)の一部である自分」に目覚めることです。

 

 

ちょっとややこしくなりましたので、話を戻します。

 

前提として「人間が神の一部である」ということ、つまり「人間の意識が世界を動かしている」ということ。このことから、私たちの信仰における心の働き、心の使い方を考えてみましょう。

 

「陽気暮らし世界」とは、自分の外に存在する神様にお願いして、他力によって創造していただくものではなく、「人間の心の力で形作っていく」ものだということです。

 

実際に、この世界は、75億人の心の通りに形成されており、今日もこの世界は人間の心の通りに成っているのです。だから、「陽気ぐらし世界にならないかな・・・」と、いつまで待っていても、私たちの心が悟らないかぎり、神様が働いて、世界を変えてくれることはないのです。私たち人間が、自覚的に、陽気ぐらし世界を心に描いていかなければならないのです。

 

 

科学(量子力学)の世界では、人間の意識がこの世の物質を形成していることは既に認められた事実です。このことから、自分の意識を変えて、思い通りの世界を切り開こうとする意識をもっている人が増えてきているのです。お道の皆さんにも、このことを知って頂きたいのです。

 

お道の人がこの心の真実、人間の真実に目覚めれば、この世界を陽気暮らしへと導く大きな力になります。なぜなら、意識が物質化する現象、心の思いが現実化する力は、「神様の心に適っている心」が一番、力をもっているからです。欲の心では、現実化の力は弱いのです。それは、75億の人間が共感しないからです。

 

ですが「人を助ける優しい心」は、人類が共通して求める心の波動だからこそが、75億人の意識が共鳴(科学的には素粒子である意識の共鳴)して、この世界を変える上で最も力をもつことになるのです。ですから、やはり「お道の人たちの心がこの世界を救う最大の力」になると私は信じています。

 

 

すごくいい動画があります。「ザ・シークレット」です。

是非一度見てみてください。面白いですよ。

https://www.youtube.com/watch?v=ZPHgHBafFJM

 

 

 

「人間の意識と物質化」について、転載はじめ

 

「人間こそが万物に影響を与えている創造主」であり「人間があって万物がある」という新常識を、量子力学は証明した」

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地球の愛と光・本来の姿へ

https://ameblo.jp/20110311hikari/entry-12336369171.html

 

素粒子は人間が見たときに「物質」として確定する

素粒子で作られている万物は、人間の観測、つまり人間の「意識」が注がれたときに物質化するということ。

逆に、人間の意識が介していないときは、万物は波動であり非物質なのです。

つまり「人間こそが万物に影響を与えている創造主」であり「人間があって万物がある」という新常識を、量子力学は証明したのです。

これは「あなたの意識」が、目の前に起こる現象を決定(確定)しているということ。

つまり、良い意識をすれば、良い現象が物質化される。悪い意識をすれば、悪い現象が物質化される。

意識なくして存在するものは、この世にはないということです。

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転載、終了

 

「神」とは何かを、考えてみる

 

2019年は、人類にとって、新しい目覚めの年として記憶されるでしょう。

 

いま世界を動かしている力は、新しい人類が目覚めていることから起こっています。これまでの常識にとらわれない、本当に「新しい人類」です。この人たちは、他の情報にとらわれず、自分の「心の声」を信じ、真っ直ぐに「心の声」に従って行動する人々です。これによって「自分の心通りの自由自在の世界を、自ら切り開く」ことに成功している人々です。こうした新しい人類の目覚めによって、いま本当に世界が大きく変わってきています。驚くべき変化です。

 

さて、私の「心の声」に従うと、私の役割は「お道の人々に本当の目覚めを起こす」ことです。なぜなら、このお道の人々こそ、本当に世界を助ける人々だからです。お道の中で生まれ育ち、真実に尽くしてきた人々の誠真実は、何よりも力をもつ「徳」となって、天に積み上がっています。まず、このことに皆さんは、自信をもってください。何代もお道の上に尽くされたお家の魂というものは、本当に力をもっています。その人の背後には、何代にも渡って人のために尽くされてきた、たくさんの魂がしっかりと守っているのですから、これから何が起きても、何も恐れることはありません。世界がどんな状況になっても、まったく恐れることは不要です。やはり、お道に尽くした真実は「末代の理」です。

 

しかし、今お道の上に尽くしている人々で、神の真実を悟っている人がほとんどいません。これを悟ればこれまでの道が大きく変わり、真実の陽気暮らしの世界が開かれることになります。そして、その時がようやく来たようです。

 

私は、これからのお道が本当に楽しみです。「これからのお道が楽しみだ」と思えない人は、つまり「お道が何か」が、分かっていない証拠でしょう。どうやって陽気暮らし世界を開いていくのかが分かっていない証拠でしょう。本当に「お道」が分かれば、毎日の信心が楽しくてしょうがなくなるはずです。日々の御用にも、心から勇めるようになるはずです。早く「お道」が分かる様に、自分の心にしっかりとこの道を悟りとってください。

 

「悟る」とは「神と人間の差をとる」こと、つまり「私たちは皆、神である」ということを知ることです。この世界は親神様の御体です。そして、私たちはこの世界の一部であり、親神様の一部です。私たちの「この体」は親神様であり、天理王命である。これは「貸しもの・借りもの」の理でよくご存じだと思います。ですが、「この体が親神様の一部」であるのに、「私の心は親神様ではない」ということでは、貴方の心と体が別ものになって「我が身が嘘になる」というものです。「体は親神様」だけど「心だけが人間のまま」であっては、信仰している意味がありません。まずこのことを、難しいかもしれませんが、逃げないでしっかりと心に思案してください。これが心に治まれば、「真実の心の働き」と「心の本当の力」がはっきりと、我が身に感じられるようになります。

 

「親神様に慎んでお願い申し上げます」と、一体、誰に向かってお願いしているのですか。そして、「親神様はお働き下さるだろうか・・・・」と、いつまで待っているのですか。そのような「神にお願いする心」は「拝み・祈祷」と何が違うのですか。私たち自身が、親神・天理王命なのですから、貴方は神様の働きを「誰に向かってもお願いするべきではない」のです。貴方自身が、神の働きを、為さなければなりません。この心の思案の大転換が必要です。

 

大切なことは「私たちはみな天理王命なのだ」、「自分は天理王命なのだ」ということを、しっかりと、しっかりと、「自分に言い聞かせる」ことです。このことが心に治まれば、貴方の「心の本当の力」が目覚め、「南無天理王命」の神名の力が全く変わってきます。これまでお願いばかりしてきた心と違い、「おつとめ」によって現れてくる姿が、全く異なってきます。しっかりとこのことが心に治まれば、私たちはすぐにでも「心通りのご守護の世界」に「神人和楽の陽気暮らし世界」に、入って行けるのです。

 

南無天理王命

 

 

いま目の前に100人の末期のがん患者がいて、今日、明日の命だとします。あなたは、どうやってこの人々をお助けしますか。神前にぬかずいて「〇〇さんは、何月何日に△△の身上を頂かれ、〇〇さんは・・・・」と延々、100人の個人的事情を詳しく説明した上で「どうぞ親神様、これらの方々の身上、事情をすきやかにご守護ください」とお願いするのでしょうか。恐らく、朝晩のおつとめに2時間は必要になると思います。それはそれで、真実なことですが・・・・

 

しかし、実際には、100人どころではありません。何千、何万という人々が、今日、明日にも命を失いそうな状況にあります。

 

親様は、いまこの時にも、何千、何万というくるしむ人々を目の前にして、本当に心を痛め、涙を流されています。わたしたちお道の人間がまっさきに思案しなければならないのは、世界を助ける「真実の心の思案」のことではないでしょうか。

 

いままでは世界中は一列に めいめい思案をしてはいれども

なさけないどのよに思案したとても 人をたすける心ないので

これからは月日たのみや一列は 心しいかりいれかえてくれ

この心どういうことであるならば 世界たすける一条ばかりを

12号 89‐92

 

病気や事情は、本人が心の向きを変え、人を助ける優しい心になりさえすれば、すぐでもご守護いただけるものです。そればかりか、人は出直すこと自体を恐れるべきではなく、出直すべき時に出直すこともご守護のはずです。

 

一方で、教会本部や、各教会でも「世界一列が一日も早く陽気ぐらし世界に立て替わりますように」「私どもは、日々、たすけ一条に勤めております」と親神に言上しているが、その時に言葉だけの「世界助け」になっていないでしょうか、本当に心からの思案がないようでは、「口先だけの嘘と追従」になりはしないでしょうか。

 

いままではどのような嘘も聞いていた もうこれからは嘘は聞かんで

これからは嘘をゆうたらその者が 嘘になるのもこれが承知か

月日には嘘と追従これきらい この先なるは月日しりぞく

12号 111‐113

 

親神様は、世界の心を澄ましたいとお考えで、親様もそのためにこそ、ぢばを定めて、世界助けを急がれたのでした。それは決して、個人的な病や事情を願うことではなく、世界一列人間の心の掃除が目的であるはずなのです。人間の心が立て替わらないことには、この世界を真実に立て替えることができないからです。

 

恐らく、今の天理教内では、このこと、世界を助ける道筋が見えていないのだろうと思います。身近な人々の病を助けること、事情を助けることも当然必要な事です。ですが、世界を助ける心の思案は、個人的な思わくを越えた、もっと大きな「たすけの思案」になると思います。

 

世界を助けることは、キリスト教的に言えば「世界に福音を伝道する」ことに他ならないでしょう。このだめの教えを伝道することですが、肝心の「教え」が何か、まずよく心に納めなければなりません。

 

天命庵の親様のお話は、不思議なお助けの話ではなく、親神様が世界人類を救うための「心の教え」「世界の福音」を教えてくださっているのです。そして、この事が世界助けには絶対に必要なことなのです。

 

「どうか親神様お助け下さい」という「無理な願い」はもうやめて「世界が助かるために、私は今何をすればよいでしょうか」と自分の心に問うてください。親神様はあなたの心の中にあるのです。貴方は全ての問題が解決する方法を、あなた自身の心の中に既にもっているのです。この人間の「むね」の真実、本当の教えを真に学んでください。

 

時間はもう限られています。親様が「おふでさき」で案じていた、恐ろしい道が、いまから世界中で広がってくるでしょう。いまパリで起きていることは、もうじきアメリカで起きるでしょう。そしてその後は、日本でも起きるでしょう。このことを親神様は本当に心配されています。

 

この大変な時代を助けるために、真実に世界たすけを思う人間に親神が入り込んで、自由自在に世界助けを進めたいと思っているのですが、肝心のお道の人間に、真実に世界助けを念じる者が一人もいない。

 
 

真実に 神の心の思うには 

めいめいのやしろ もろたことなら 

 

それよりも自由自在にいつなりと 

思うままなる 話ししよもの 

 

いままでも月日のやしろしっかりと 

もろていれども いずみいたなり 

 

月日より体内よりもいりこんで 

自由自在を みなしてみせる 

 

月日にもたしか心がいさむなら 

人間なるも みなおなじこと 

 

このようの世界の心いさむなら 

月日人間同じことやで 

 

人は、その心をすっきりと掃除して、欲の心を捨てきったなら、あとは神が体内に入り込んで、心の通りの自由自在の働きをすることができる。ほこりの心をはらうように、おやさまは何度も説いて、そのために「つとめをせよ」と急きこまれた。

 

「悪しきはらい」とは、人間の心にあるほこりをはらい、神の心、人を助ける優しい心に入れかえなさい、ということ。そうすれば、誰でも神がいりこんで、自由自在に働きをするが、それだけではなく、先には、やまず死なずに弱らずに、心次第にいつまでも生きていよと、「めずらしい助け」を見せたい、とも教えてくださっている。

 

この心どうしてなるとおもうかな

月日体内 いりこんだなら

 

にちにちにひとり心がいさむでな

陽気づくめの 心なるよう

 

月日よりにちにち心いさめかけ

陽気づくめに してかかるでな

 

神様が体内に入り込んで働くということは、人間は神の社であることを示している。おやさまは、神の社とは、特別なことではなく、心さえ掃除できれば、誰でもなれると、おっしゃっている。現に、こかんさまも神の社であったし、本席も神の社に違いないだろう。人間は神の実の子どもであるのだから、神の社となって、親の心を伝えるとしても、何の不思議もないだろう。

 

だから、人間の外に社は必要なく、人間は自分の心に神の心を宿すことが大切なのだ。人はだれでも自分の心の奥に鎮まり下さる親なる神に親身に問いかけて、子が親と対話するように自ら悟っていくものである。

 

 

この掃除 どうゆうことに思うかな

月日体内 みないりこむで

 

この先を たしか見ていよ一れつは

むねの掃除が 一人でけるで

 

だんだんと ようぼくにては この世を

始めた親が みないりこむで

 

 

南無光明生命実相 南無天理王命

 

 

動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

https://www.youtube.com/watch?v=t9ys-Xv693o

 

 



 

「神が表へ現れて 何かいさいをとき聞かす」

 

この世の元なる話、それは、人間がすべて神の子、光の子である、ということ。

 

まず、自分が光の子であることに目覚め、世界中の人々に人間が光である、神の子であることを伝え、みながそれを思いだし、全ての人間が神の子、光の子であって、この世を光に満たすために生かされていることを思いだす道、それが世界いちれつを助ける道、きりなし普請、心の普請である。

 

世界いちれつ、きょうだいは、同じ親から生まれている。我々の親は神、親神様。

この世界が、まだ泥海で、陸も海も分かれていない10億年前。親神様は、天のお日様、お月様。

 

泥海の世界では味気ないので、我々が親になって人間というものを生み出して、人間が陽気に暮らすのを見て、我々も共に楽しもうじゃないか。そういって、お日様とお月様は、いざなみ、いざなぎの夫婦をこしらえて、お日様はいざなみの体に、お月様はいざなぎの体に入り込んで、みずから子どもを生み出した。

 

われわれ人間はお日様、お月様の子、光の神の子、本来の姿である魂は光そのもので、神と同じ魂を、そのまま頂いている。つまり、我々と神とはおなじ魂をもっている分け御霊であって、心の奥深くでは神様と常につながっており、神の言葉をいつでも聞き分けることができる。

 

これほど、人間と言うのはすばらしい存在であり、この地上の世界では人間こそが光であり希望なのである。人間の欲の心、疑う心、争う心を洗い切り、本来の光の心に目覚め、光としてこの世界を、陽気暮らしに建てかえていくこと、人間が真の自分に目覚め、この世界で光を放つこと、それが「神が表に現れる」ということである。

 

 

南無光明生命実相 南無天理王命

 

ユーチューブ動画

https://www.youtube.com/watch?v=3moEt4sD6yY

 

動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

https://www.youtube.com/watch?v=t9ys-Xv693o

 

 



 


 

 

 

 

 

 心を立て替える道

 

 

この世界、物質の世界は、あの世である、人間の心の世界が映し出された世界です。ですから、影絵のようにこの世界が影で、あの世の世界が実相なのです。ですから、一生懸命この物質の世界を変えよう、変えようとしても、この世界の実相である、人間の心の世界が立て替わらない限り、この現象の世界を立て替えることができません。まず、私たち一人ひとりが、自分の心を立て替えていかなければなりません。

 

人の心は、奥がとても深く、もっとも奥深くでは神と通じています。ふだん気付いる世界は、ほんの表面の肉体の感覚の世界ですが、心の奥深くは、宇宙と同じように無限に広がっています。心の立て替えは、心の奥底からの立て替えになります。

 

わたしたちの心の世界が希望にあふれ、陽気に明るく、優しくなれば、いっぺんにこの現象の世界は変わります。

 

飢えで苦しむ人を全て助ける本当の国際協力がはじまりますし、すべての病を助ける新技術やフリーエネルギーもいっぺんに、人々に開放されるでしょう。それらは、すぐそこにあるのですが、わたしたちの心が閉じてしまっているので、まだその一歩先に行くことができないでいます。

 

いま、実相の世界、心の世界で、善と悪とが戦っています。それは、あなたの心の中で起きているのです。どうですか、本当はこうしなければならない、ああしなければならないこと、わたしたちはみんな自分で、本当に自分がやらなければならないことを全て知っています。自分で分かっていていながら、それができないでいます。家族とのこと、職場でのこと、地域社会でのこと、毎日の人との交わりのなかで、あなたの心に、善と悪が競争しながら宿ってきます。あなたは、どちらを応援していますか。あなたが心の中で応援した世界が、目の前に広がっているのです。

 

わたしたち全ての心の中に、悪というほこりの心が多くなっているので、この世界がいつまでも綺麗になっていかないのです。ですが、いま、真実の心の働きが大きく、大きくそだって、世界を変えようとしています。人類史上でもっとも偉大なことに、光が勝利しつつあります。どうか、みなさんもこの光の心の働きを応援して、世界がより光かがやくように力をかしてください。

 

なにも難しいことではありません。世界がより良くなるために、人々がより幸せになるために、あなたができる事を、一生懸命想像して、実行するのです。あなたが何をするべきか、それはあなたにしかわかりません。それはあなたの心にとどく天啓であって、全ての人にとってその内容は異なるのです。

 

だから、人はだれでも自分一人で、自分の心の奥底に宿る神と対話して、自分だけの天啓を悟るのです。そのときにあなたの心に天命が輝き、これまでのすべての小さな悩みや問題がすべて風にふきとび、あなたは光の魂に目覚めて、天を舞うように生きていけるでしょう。

 

南無光明生命実相 南無天理王命

 

 

動画 

https://youtu.be/LeH1_4gXm0U

 

動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

https://www.youtube.com/watch?v=t9ys-Xv693o

 

 

【芹沢光治良『死の扉の前で』新潮社、昭和53年、200頁以下】

 

「三十年祭前後の4、5年間の天理教の歴史は、奇怪で変化に富んで、何か重大なことがあったようだが・・・・」

 

「三十年祭の2、3年前に、早稲田大学の漢学者の教授で広池千九郎博士が入信すると、天理教では大げさに本部に迎えて、天理中学校長にして、熱心に布教宣伝にあたらせたが、三十年祭が終わると、博士はいつのまにか天理教を去ったが、その理由も期日もとどめていない。

 

三十年祭の2年前(大正3年)には、教祖殿も本部神殿も落成して、信者は勇んだと記しているが、その年の12月31日に、初代真柱が49歳の若さで死去したね。翌年4年に11歳の嗣子正善が真柱に襲職したが、その後見人として本部で最重要な大黒柱である松村吉太郎が私文書偽造容疑で奈良監獄に、翌年まで収容された。その私文書偽造容疑が、どういうことか明瞭でないんだ。

 

大正5年の1月に教祖の三十年祭が執行されて、8月「播州の井出くにむほん」とあるが、その前年4月1日、当時お地場で最も求道的な知識人だと評された大平良平が『新宗教』という個人雑誌を創刊して、若い天理教人を勇気づけたものの、三十年祭が終わって、井出くにむほんとある月、8月に、19号で廃刊した。

 

この年本部員の増野正兵衛の息子、道興が弱年26歳で、異例にも本部員に抜擢されて、道友社の編集主任になり、天理教の機関誌『みちのとも』に、はじめて青年信徒の魂を奮起させる随想を多く発表して、自らそれを実践するために大教会長となって信仰活動を始めたが、間もなく死亡した―

 

こうしたことを話してから、私は加えた。

 

「それで僕は、その大平良平の『新宗教』という個人雑誌を探すのに苦労したものだよ。アルバイト学生の努力と多くの費用をかけて、ようやく創刊号と5、6号と最終号を手に入れたが・・・それに目を通して、この人が天理教の教会組織に批判的で、三十年祭には神がおもてに現れると言い伝えられていたことを、文字通りに信じていた真摯な信仰者だと、分かったけれど・・・最終号の廃刊の辞ともいうべき文章に、神がおもてに現れた現在、『新宗教』のような雑誌の存在理由は喪失したと、いうような言葉が目に飛び込んだ瞬間、僕は、それが、井出くにむほんの月であることを思いあわせて、目から鱗がおちた思いがしてね・・・何か起きたに違いない ―と」

 

「あの、三十年祭に神がおもてに現れるという言い伝えって、何のことですか」

 

「君のように若い人は聞かないかもしれんが、僕は少年の頃、よく聞いたものだよ。僕の父は明治22、3年頃の入信だが・・・家中皆それを信じていたね・・・尤も僕は三十年祭の頃には、自意識のはっきりした旧制一高生で、信仰などすてた後だし、生まれた家へも帰らなかったから、天理教にどんなことが起きたか、何も知らなかったが・・・・あの播州の井出くにが生きていたらば、むほんの顛末について聞きたいと、切実に思ったものです」

 

「亡くなったんですか、その井出くにって、人―」

 

「敗戦の翌年、85歳で病死した。僕はその後、『教祖様』の取材で大和へ出向いた帰途、播州のその人の家へ寄ってみたんだ。その家に、親様の長女のおまささんの孫で、福井勘治郎という人が、ずっと同居していると噂を聞いたから、今も健在ならば、何か聞けるだろうと、思ったからだが・・・・ところが、その家は”朝日神社”になっていて、耳の遠い老人の福井氏が神社の神主役をしていて、僕の質問に、―あんた、そんなことを知らなかったですかと、大きながら声で、たてつづけに1時間以上も話すのを、僕は仰天して聞きほれてしまってね。無骨な人で、話も下手でしたが、その話の内容がとてつもなく面白くもあり、吃驚しながら・・・・」

 

「どんな話でしたか、先生、是非聞かせてください」

 

「うん」と答えたものの、どう話すか迷ったが、

 

「その福井勘治郎氏は三十年祭までは、天理教本部の家付きの人間で、本部で青年勤めをしていたそうだが、本部の神殿が落成する二年前くらいから、信者の間に灯が消えたように信仰が燃えないので、本部でも心ある青年は何か危機感を抱くようになったというのです。それも、氏の考えによると、明治20年に教祖の死後、孫の真之亮が初代真柱になり、飯降伊蔵が本席として神の啓示を『おさしず』で伝えることで、天理教の信仰の火が日本中に盛んに広まったけれど、明治40年に本席が亡くなってからは、教祖の血統による真柱と神中心の本席と、日本の柱で支えてきた天理教本部は、信仰中心の柱の方を失ったわけですね。血統による真柱は、それまで信者の心が自然に本席に傾くのを、無念に思っていたが、本席の死によって、信仰が真柱たる自分の中心に一本化するものと、期待したというのです。こんなことは、君は十分知っていたね・・・・

 

上田ナライトさんの事件の後、本部では、真柱中心にすんなり信仰の灯を輝くようにはかったのだが、突然その若い真柱が三十年祭直前に亡くなったし、ナライトさんは狂人だと噂が流れて、福井氏のような青年たちは、天理教の危機感におののいていたそうだ。その危機感のなかで、親神の約束どおり、三十年祭に神がおもてに現れるという希望が、若い人々の胸に蘇って、秘かに心の準備をしようと、心がけたそうだ。大平良平の『新宗教』も、増野道興の感動的活動もその準備の一つだそうだ・・・・」

 

「それで、三十年祭に、ほんとうに神が現れたと、言うのですか」

 

「それが・・・三十年祭は1月26日に行われて、いつ神が現れるか、若い人々が期待と不安をもって毎日を過ごしたそうだ。その頃福井家は、晩年の親様のすすめに従って、本部の鼻先で開業した福井屋という宿屋を、母親と細君が細々と営業しながら、福井氏は毎日本部に青年勤めをしていたが、8月のむし暑い夜、12時近く奉仕から戻ると、奥の客間から、低い女の声で、『みかぐらうた』が聞こえていたそうだ。

 

その日午前中に着いた女客だと聞いて、不審にも思わなかったが、翌朝五時前に目を覚ますと、同じ歌声が微かに聞こえていた。主が起きたら会いたいと言っているという細君の言葉で、座敷に出向いて挨拶すると、豊かな容姿の中年の田舎の婦人が端坐していて―福井はん、ご苦労さんやなあ・・・親様に頼まれて、きのう教祖殿に座りましたぜ。親様のお言葉に間違いない証拠を見せるためになあ・・・それがなあ、本部の人々が来なはって、引きずり出しましてなあ、袖は千切れて、えらいめにあいました。これから三昧田へ戻りたいが、お母さんはいなはるか・・・と優しく言うので、福井氏はさがって、改めて洗顔したそうです。

 

前日教祖殿に狂人が頑張っていて困ったという噂を聞いたことを思いだして、再び婦人の部屋をのぞくと・・・・母親が婦人と旧知のように親しく話していて、しかも涙をこぼしているし、話の内容、おまさお祖母さんのことや、4・50年も前のことばかりで、驚いたことに、婦人は変貌して、話に聞く教祖になっていたと、言うのです。

 

それからがたいへんで、母親はその婦人を教祖である祖母扱いをして、三昧田の教祖の生家である前川家へ歩いてお伴したが、暑い田圃路を下駄ばきで速いこと、福井氏も母親もついていくのに息を切らせたそうで・・・・前川家では、また、教祖が戻ったようで、誰も疑わなかったし、近所の老人達まで集まってきて、昔語りをはじめた・・・と、福井氏は話したが・・・

 

「そうした有り様を、とにかく福井氏はじっと観察しつづけて、三十年祭に現れると待望した神は、この人ではなかろうか、一体この人はどういうお方かと、婦人のあとをつけるようにして、播州の三木町へ来てしまったと言うのです。噂は本部にも伝わって、大平良平はじめ熱心な若者が集まって来たが、婦人は問われるままに、誰にも、親神や教祖の思し召しを納得の行くまで話して、神の力を示しては、すぐに本部に戻るようにすすめたけれど、福井氏は頑として本部へ帰ることをせず、40年以上たってしまったそうですよ」

 

「先生、井出くにのむほんと、本部でいうのは、その人が教祖殿に座ったということでしょうか」

 

「座っただけなら狂人扱いして、済ませて、むほんなんて大げさに年表に書かないだろうが、教祖殿でお助けでもしたのではなかろうか。その上、教祖の重要な親族の福井氏が新しい神が出現したといって出向いたし、多くの信者が播州へ行って、天理教には大きな衝撃だったろうね。そのへんのことは何も僕は知らないが―」

 

 

「井出国子」 ウィキペィア

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動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

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【芹沢光治良『死の扉の前で』新潮社、昭和53年、第13章、205頁以下】

 

 

××大教会の賀川氏が、夕食が済むなり言うのだった。

 

「先生、お忙しいでしょうが、是非、その井出くにという婦人のこと、もっと聞かせてくれませんか」

 

 

「僕(芹沢)がフランスの留学から帰って、処女作を発表して間もなく、T大学のS助教授が処女作のお祝いに来て、上京中のこの人(井出くに)の処へむりやり案内したのだよ。S君はパリ大学でモース教授の社会宗教学の講義に出ていた頃、同じ教室で知り合った学徒だがね。モース教授の講義が東洋のシャーマニズムに集中していた年で、僕はあまり興味がなくて怠けがちだったから、S君は現代の日本にもシャーマニズムが存在するからって、僕を連れ出したが、その実、僕が不治の結核を患って帰国したので、この人の神の力でなおせたらと、友情からのはからいだったかもしれないがね―」

 

 

「先生が処女作を発表したのは昭和5年の春でしたね」

 

 

「そうだよ。この婦人は昭和19年の晩秋まで毎年、春秋2回上京したようでね。当時僕の家は広かったし、岳父の会社関係者の娘が行儀見習といって、常に2人、3人いたので、人手もあって、いつ頃からか、上京の都度、僕の処に一泊する習慣になってね・・・その間、僕はつかずはなれず接したが、この人はS君の言うシャーマニズムというより、教祖と同様に、或いは教祖の余波の神がかりのある女性のようだったね。

 

 

ただ教祖とちがって、この人は生まれながらに神に選ばれるような模範的な女性ではなくて・・・・播州の中農の我がまま娘で、農家に嫁したものの、我慢できないで、子供を残して実家へ戻って、三木町の惚れた男で、鍛冶屋の主の家へ駆けこみ結婚をしたようだ。働き者で鍛冶屋の恋女房としてよく仕え、商売も繁昌して、或る日、得体のしれないものがこの人の魂に憑いて、天理教を助けてくれと四六時中体内で命じるし、夜は眠っていてその得体の知れないものと対話をつづけて、主人が眠られず、目が見えない日があったり、両手がくっついて離れない日があったり、平和な夫婦の暮らしは狂ってしまい、教祖の神がかりと同様に、狂人にされたそうだがね・・・・

 

 

僕が会ったのは、それから20年ばかりたってからだが、その頃はもう、自分をなくして憑いたものの命じるまま生きていたようでした。この人もまた、自ら説く神の言葉が身近な者に理解されない嘆きを生涯もちつづけたようだがね。尤も、神の言葉といっても、今考えると、教祖の説いたことに等しくて、神の言葉に二つある筈がないことが納得されるが・・・この人は、『こころの建てかえ』、『こころの普請』に重きをおいて、その説き方も日常的で・・・例えば、人間はみな兄弟だということを説くにも、実践的に先ず、夫婦がたがいに二柱の神となってたて合って、協力することで平和に幸福になれるが、その平和を隣人にも及ぼすために、隣人をも神として接するようにと説いていたようです・・・そうだ、適切な実例がある。日華事変以後、出征する若者が武運長久の祈りを頼むと、千人針の代わりに『万人の力』と自ら書いた腹帯を贈って、いつもさとしたものだよ。

 

 

― 敵を殺すつもりで行くではないで・・・人間はみな兄弟だからな、助けるつもりで行くのやで・・・鉄砲の玉を打つにも、殺すつもりではあかんで。あたらないように打つのやで・・・そしたら、神さんが守ってくださるでなあと」

 

 

「それでよく特高につかまらなかったですね」

 

 

「特高なんて怖れていなかったようだね。昭和13年か4年の春、この人が上京して僕の処で一泊した夜遅く、あのT大学のS君がそっと合いに来て、人払いしてと頼んだが、この人は僕に立ち会うように言ってね、S君が何の目的で内証にこの人に会うのか知らなかったが、この人はS君の顔を見るなり、あんた面倒な相談に来たなあと、溜息して・・・・

 

 

―あんたが学校を辞めることも、それからすることも、奥さんは承知かねと、訊いた。

 

―家内も承知しました。

 

―藉をぬいて実家へ戻ることも、承知しましたか。

 

―そんなことを、どうしてご存じですか。

 

―それぐらい、わからないようで、あんたの相談にのれますかいなと、笑った。

 

―はい、それが一番安全だと申しまして・・・・

 

―あんたの奥さん、偉いお人やなあ・・・Sさん、これからすることは、あんたの主義のためだったら、あかんで。命がないで。困っている人々のためや、陽のめをみない人々の幸福のためや、そう思わんとなあ。それには命をすてないで、生涯気の毒な兄弟に尽くすのだと、心を低くして、やってみなはれ。今となっては、あんたを止めても無駄やからなあ・・・・そうだろう。それなら、さあ、この手をしっかり握りなはれ、神さんのお力をわたしておこう ― と、右手を差し出した。

 

 

「S君は両手でその手を挟むようにして、じっと顔を凝視していたが、これがこの人のお授けをくださる方式のようだったね。その時、僕は初めてS君が大学を辞めて、地下運動に走るのだなと、悟ったが・・・この人は、

 

―Sさん、あんた体が頑丈だからいいが、おこりっぽいなあ。大きなことでもおこってはあかんで・・・奥さんとお子さんが待ってること忘れないようになあ。そうや、四谷の家は早く売って、みんな奥さんに渡しなはれ。わかったなあ。これから、十年か十五年か、どんなめにあっても唇を噛んで、我慢しなはれ。もぐらになっても、生きているんやで。わかったなあ。神さんのお力もらったから心配いらん―と、言って慈愛にみちた目を向けてね、そばの僕でさえ、感動した―」

 

 

「その後、Sさんはどうなりましたか」

 

「僕がその次にS君に会ったのは、敗戦後23年の春でした、食糧難の頃、ひょっこりあの三宿の家に訪ねてくれてね。元気な顔色で、自分たちの時代が来たと喜んで、日本の将来や自分の未来について明るく語って帰りかけたが、たたぎで靴をはきながら、ぽつんと言った ―

 

 

― あの播州の奇跡の人は亡くなったってなあ。あの人は解放された日本を喜んだろうにね。日本は面白い国だ、あんな人が僕たちの時代に生きていたからなあ・・・って。播州の奇跡の人とはS君が秘かに奉った呼び名だが、表に出ると、その頃門の前にあった古ケヤキの梢が燃えるような新緑だったのを仰いで、しんみり言っていました ― あの人はこのケヤキのような人だったなあ、生きていたら、新しい日本について語りたいがなあって・・・・」

 

 

「播州の奇跡の人って、どんなことがあって、そんな渾名をつけたのです―」

 

 

「うん、少し長くなるが・・・彼の母が不治の脳卒中を助けられたことからだというがね・・・彼の母は地方都市で医者をしていた父の死後、数年して東京のS君の家に同居したが、それから三年後脳卒中で倒れ、半身不随になって、彼の細君はその看護で半病人になってしまったのを、シャーマニズム研究の仲間の一人が見兼ねて、彼ら夫婦を説いて、この人が上京した際に、助けを求めたらしいです。この人は気軽に彼の四谷の家へ来て、母の病床の横に座って、お茶の心配などせんで、お嫁さんも此処に来なはれと呼んで、彼らをもそこに座らせてから、おもむろに病人に話したそうだ。

 

 

― なあ、奥さん、こんな不自由な体ではつらいでしょう。あんたの旦那はんは偉いお人でしたなあ。生きておいでなら、助けてくださるでしょうに、死んでしまっては、それもできないでなあ・・・あの旦那さんが迎えに来てくれたらと思う日もありましょう。でも、寿命はどうにもならんし、辛いことですなあ・・・・奥さん、神さんは言うことを聞いてくれたら、もとの身体にすぐにするとおっしゃるで。きかなければ、三年間このまま生き恥をさらさなければならんと、神さんは申します。これでは毎日が地獄ですなあ。どうなさいますか。聞いてまもりますか。

 

 

―どんなことでも守ります。

 

 

―そう、あんた、息子さんがお金をかけて洋行までさせたが、役に立たないと不平ばかり思っていなさるなあ。だが、息子さんは精一杯生きてなさるで・・・上の息子さんと比べてみなはれ。成功して大名暮らしをしていても、あんたの世話などみたがらないやろう。この息子さんは一生懸命孝行しているで・・・お嫁さんは息子が勝手に選んだ嫁だと言って、あんたは粗末にしなさるが、こんな気の優しい女子はんは滅多にありません・・・息子夫婦は子供ができたら、お母さんの世話が手抜かりになるからと言って、子供をもうけないようにしていなさるで、可哀そうになあ・・・それなのに、あんたは感謝したこともない。神さんはなあ、優しい心になったら、もとの身体にして孫の世話ができるようにしてやると、おっしゃるで・・・旦那さんに迎えられた時に、幸せに孫の報告ができるようにしてやるとなあ・・・どうです、優しく心を入れかえますか・・・

 

 

「S君の細君のほうが涙をこぼしていたが、母親がわかりましたと答えると、この人は細君を督励して掛布団をあげ、自ら病院の背後にまわって半身を起させて、背をていねいに撫でて、息を吹きかけてから、右手をさすって上に挙げさせ、指を開いたり握らせたりしながら―ちゃんとできますなあと、笑いながら、腰部を背後から両手でしっかり押さえてから、前に回って両足を幾度もさすって―お嫁さん、さあお母さんを支えて立たせて!と命じて、自分でも立ち上がり―さあ、歩いて!と言いながら隣の茶の間へ行き、むりやり母親を呼び入れて、長火鉢の前に座らせた。

 

 

―お母さん、ちゃん座れましたなあ。

 

―ほんとうに、座れました。よし子さんに支えられてここまで歩くなんて、夢みたい・・・

 

―よし子さんて、初めて呼んだですな。よし子さん、お母さんに羽織をかけてやって・・・もう独りで歩けます。さあ、立って、一歩でも歩いて見せてくだされや・・・・

 

 

「母親はようやく顔中汗と涙にして立ち上がり、自分でたしかめるように一歩ずつ、数歩あるいて、この人の方に両手を合わせておがんだ。この人は細君に茶をいれるように頼んで、お供してきた婦人に手提から最中の包みを出させて、その朝中風がなおったお礼に届けられたものだからとて、皆で味わいながら、その夜から三晩嫁に風呂に入れてもらえば、それで全快すると話してから、言い加えたそうです。

 

 

―お母さん、そちらの四畳半、台所にも風呂にも便所にも近くて便利やなあ。今夜からそちらへ移って、八畳は息子さん夫婦にゆずりなはれ。そうしたら昼間は客間にもなるし、二階は息子さんの勉強部屋だしなあ・・・そしたら息子も下で休めるがなあ。

 

 

____

 

 

・・・勿論母堂の病気は助かり、人間が変わったように優しくなって、一年半後には長男が生まれて、その三歳のお祝いをして間もなく、母堂は1日寝たぎりで静かに生涯をとじましたよ」

 

 

「それなのに、真柱様が先生に、この人の話をするなと約束させたというのはどういう訳でしょう。この人が反天理教的な言動でもしたからでしょうか、それとも、大西愛次郎のように、天理教の別派でも始めたからですか。」

 

 

「真柱がなぜああ言ったか、分からんが・・・僕がこの人を知った頃には、反天理教的な発言はなかったですよ。それどころか、この人からお授けをもらった人にも、人助けをしてはならん、天理教の邪魔をしてはならん、天理教は日本一の教えだと、言ってました。一派をつくるなんてことも、考えていなかったね。第一、宗派が嫌いだと言って、助けたからとて、信徒にするでもなし、自分の言葉を一つでも守ってくれたら有りがたいと言って、助けっぱなしでしたからね。真柱も天理教もこの人を敵視したり、怖れたりすることはないと思うがね。」

 

 

「この人が亡くなって、朝日神社になったって、どういうことですか。」

 

 

「この人には、最初の結婚でも息子もあるし、将来日本独特な血統主義で息子が祭り上げられることを恐れたのかも知れん、それにこの人を信仰する人もあるので、死後、助けたことのある法律家に頼んで、朝日神社の出願して、認可になってから、安心して亡くなったそうです。」

 

 

 

「井出国子」ウィキペディア

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E5%87%BA%E5%9B%BD%E5%AD%90

 

動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

https://www.youtube.com/watch?v=t9ys-Xv693o

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芹沢文学の姿勢は、書き残すべきと思うことは誰になんと思われようと書き残すことである。

それは、選択する心の自由を、どこまでも妥協しないことが信仰であるとするからである。

たとえ「それが滅びの道であっても」と芹沢は言う。

真実をごまかさず、ありのままに受け止め、真実の心で通るとはどういうことか思案したい。

 

二代真柱の生身の人間性、信仰上の指導者としての通り方はどうであったか、

この事は、すべての天理教徒の置かれる立場、組織の在り方にとって重要な問題である。

世界助けを標榜する組織の、在るべき信仰者の姿を我々は追わなければならない。

 

_______________________________

 

芹沢光治良『死の扉の前で』新潮社、昭和53年、42頁以下。

 

昭和24年に『天理時報』で「教祖様」の連載を始めたが、史料難で協力を求めていた頃の

ことである。

 

「今回は山沢為次先生がお会い下さるような段取りですと、言うのです。幾度も電話の後、ようやく三時に本部の建築場のような場所で、垂幕でかこったようなおかしな部屋に案内しました。余り期待もしなかったけれど、N記者が緊張しているので、どんなお方かと待っているところへ、和服に袴をつけて、僕と同年配の学者のような風貌の人が入ってきて、紹介も待たずに、

 

______

 

―先生、私はずっと前から一度お目にかかってお詫び申そうと思っていましたと、頭を垂れるのです。訝ってまともに顔をみると、

 

―ご尊父が沼津支教会長をしておられた時、支教会の後継者であった松本君がとんでもないスキャンダルをおこして、ご尊父に大変ご迷惑をかけました。松本君は私が校長をしていた天理外語の第一回の学生で・・・非常に優秀な青年で、私も東大の社会学科を出たばかりでしたので、よく家にも招いて、議論したものです。それが、あんなおおそれた事件を起こした末に、共産党に走ってしまって・・・全く私の誠と徳の足りなさから彼に道を外させたことを、あれからずっと神様にお詫びしてきましたが、ご尊父にはお詫びする機会がなくて出直され(亡くなられ)、私は二十年近く心に痛みを持って参りました。本日先生にお目にかかれて、お詫びができて、ほんとうによかったです・・・と言うのです」

 

「先生、お話の途中ですが、その、おおそれた事件って、何ですか」

 

「若い君はご存じないかもしれないが・・・松本君が天理外語を出た翌月に、当時最も進歩的で有名だった総合雑誌『改造』に、ペンネームで『天理教』と題する戯曲を発表したのです。懸賞で当選して・・・それが真柱の若い日のロマンスが題材で…筋は真柱が天理女学校の女学生に一目惚れして、むりやり結婚するのですが、その女学生は下級教会長の娘で、すでに天理外語の中国語の学生と公に婚約して、交際していたのだが、真柱の仰せは神の言葉だとしている本部では、その娘を御分家の実家の養女として、結婚を決定したのです。だが、婚約者は勿論、天理外語の学生の多くは、その略奪結婚のような仕打ちに納得できなくて、問題をおこすのです。何しろ、日本に思想の嵐が吹きはじめて、優秀な大学生はみな赤に染まると言われた頃でしたから、婚約者の親友のAは、世界助けをするのは、天理教のような宗教ではなくて、共産革命であるからと主張して、真柱の結婚反対をスローガンに、天理外語で同盟休校をおこすとともに、天理教をすてて思想運動に参加しようと、失恋した婚約者を誘うのです。

 

Aの主張に動かされる学生が多くて、学校が不穏になったとき、失恋者は二、三カ月後に卒業だというのに、すぐ外語を中退して、中国大陸にわたり、中国大衆のなかで殉教者の生活をすると言って、お地場を去って行く・・・・主人公も実在の人物で、全くの実話で、作品として優れたものではなかったが、宗教が阿片だと思われ時代背景でしたから、懸賞に当選して、問題にもなったようです。しかし、天理教団では、神聖な真柱に、頭から糞尿をかけたように仰天して、僕の父など、松本君を監督すべき会長であったから、生きた心地がしなかったろうと思います・・・僕はその戯曲を読んで、真柱に青年らしくてたいへん好感をもちましたが」

 

「そうですか、知りませんでしたが・・・・実話って、その女学生が六十年祭直後に亡くなられたせつ婦人ですか」

 

「そうでしょう。その戯曲のなかで、学生の一人が叫びます、こんな結婚して、二人が幸福になれるものか、真実に神が存在するならって・・・・真柱夫人が長い闘病生活の末、若くてなくなられたことを思うと、そのセリフを不気味に思い出します」

 

________

 

「読んでみたいですね、何年の『改造』ですか」

「たしか昭和7年の五月号だったと思うが」

「その作者は只今どうしていますか、他に作品がありませんか」

「次々に原稿を改造社にもちこんだが、採用されないで、作家になるのを、あきらめたようです。後に思想運動に参加し、戦争中地下運動していて検挙されたが、転向しないで、敗戦後解放されて・・・・いまは共産党の幹部の一人のようですよ」

「婚約者で、中国の大衆のなかで殉教者になるといって学校を去ったというのは、時代から考えてあの佐藤軍紀先生ではないでしょうか」

「さあ・・・そうかも知れません」

「そうですかあの先生はほんとうに親様の雛型を生きた殉教者、聖者だと尊敬していたが、お話をうかがって、感動をあらたにします・・・それにしても、二十年後、そのことで先生にお詫びした為次先生は、素晴らしいですね」

 

 

動画 存命のおやさまのお言葉「おてふり」について28分

https://www.youtube.com/watch?v=t9ys-Xv693o