期待以上にうまくいったから、少し長めの休暇を遠慮なく取ることにした。来期に向けたプロジェクトも軌道に乗ったようだから、あとはチームメンバーに任せておけばいい。少しの間、仕事を休むことにしよう。
そうして僕は今日という休日に、本当に久しぶりに散歩に出かけることにした。
特に行き先は決めなかった。初めは市内にある総合公園にでも行ってみようかと思ったが、雲行きが怪しかったのでそれは止めにした。とにかく太陽の光を浴びて歩きたいと思った。持ち物はスマートフォンと自宅の鍵。他には何も持たなかった。本当はね、スマートフォンも置いて出かけたかったんだ。でも、さすがに緊急時に連絡が取れないとなると周囲に迷惑をかけるからね。
自宅を出て川沿いを歩く。ほんの数分間歩くだけで汗が滲む。雲行きは怪しかったけれど、外へ出ると概ね晴れ間に当たった。太陽の光が心地良い。屋内で冷房にあたっているのも快適だけれど、時にはこうして季節を体感したくなる。
恐らく車では幾度も通った道だろうけれど、こうして歩いてみると初めて通る道のように感じる。意識して視線を向けなければありふれた景色に過ぎなかった場所だ。けれど、意識をするだけで印象に残る。へえ、こんな場所もあるんだ、ってね。
しばらく歩いていると上着は汗でびっしょりに。普段は起こらないことだ。若い頃は身体づくりのためにジョギングもしたし、泳ぎに行ったりもした。それが今では仕事の移動以外に身体を動かすことなんて滅多にない。汗でビショビショになったけれど、今日はそれも心地よかった。
何より、時間の流れ方がいいよね。仕事をしていると隙間時間にできることを組み入れて生産性を向上させるところだけれど、今日は行き先も決めず、とにかく歩くだけ。正直に言うと、歩き初めてしばらくは居心地の悪さを感じたよ。何ていうのかな、時間を奪われる感覚っていうのかな。こうしてタスクを決めずに歩いている時間に、きっと多くのことが出来るんだろうってね。でも、それもそのしばらくを越えてからは気にならなくなった。脇を走る車がどこかへと急いで走り去って行ったが、僕は悠然と目の前の道を歩く。忙しそうな道に出たら方向を変え、時間がゆっくり流れる道へと進む。そんな散歩だ。
家に戻りシャワーを浴び、僕はずいぶんと軽くなった体と気持ちに満足している。また散歩をしようと思う。今度は車を走らせてどこか知らない街に出てみたいと思う。新しい街をのんびり歩いてみようと思う。
シドニー・ポワチエは言った。
「危険を冒して前へ進もうとしない人、未知の世界を旅しようとしない人には、人生は、ごくわずかな景色しか見せてくれないんだよ」