残念ながら、以蔵さんの名前はありませんが

攘夷派の土佐勤王党の首領であった武市先生は、
慶応元年(1865年)閏5月11日、土佐藩主山内容堂の御見つけ(証拠によらない一方的罪状認定)により「主君に対する不敬行為」という罪目で、1年8ヶ月20日の獄中闘争を経て、切腹を言い渡されました。
切腹を命じられた武市先生は、体を清めて正装した後、同日20時頃に南会所大広庭にて、
未だ誰も為しえなかったとも言われてきた三文字割腹の法を用いて法式通り腹を三度かっさばき、
前のめりになったところを両脇から二名の介錯人に心臓を突かせて絶命しました。享年37。
辞世の句は、「ふたゝひと 返らぬ歳を はかなくも 今は惜しまぬ 身となりにけり 」。







