5月の中旬からのことだが。。。

手と手を1㎝ほど間隔を置いて。。。近づけてみると
指先が ぴりぴり するようになった。


この間の記事には。。。

もしかして血行不良なのか。。。?と書いたけれど

どうやら、けっこ不良ではなさそうだ。。。

やはり、両手を1㎝の距離を置いて  このように ⇒気功

してみると。。。

そこに書いている通りになる。。。


私は、4年以上前から 神棚に天照大御神を祭っており

ここ最近だが、祝詞を上げるようになった。。。


それから、今年の平成29年3月18日から下記の本を読んでいた。

成功している人は、なぜ神社に行くのか? 
著者  科学者×霊能者のリュウ博士 

を読んで。。。

その本の中に 143P のエネルギーと書かれているのを見て
たまたま5月中旬頃に両手の平を1㎝ほど間隔を置いてみたら
なんと。。。まぁ。。。指先がぴりぴり し始めて。。。
鼻で腹式呼吸をしてみたら。。。圧力を感じるようになってきた。。。


なんか、そこに書いてるが。。。
鍛えると。。。これが煙のように見えて、オーラが見えるようになると書かれている。。。

わ~っ。。。びっくりした~♪

どういうわけなのか。。。

第六感を目覚めさせる。。。って書いてるけど
結構、昔から第六感があったからだろうかな。。。?

よ~し。。。じゃ。。。これからも気功を鍛えて。。。

オーラが見えるようになるぞ。。。♪






なんか。。。怖い。。。叫び



昨日、福岡県で、母親と子供二人の心中事件があった。

私は旦那の犯行ではないかと一瞬で予想していた。


すると、今日になり。。。やはり。。。予想通りだった。


どのような事情があったとしても。。。いけないことだ。。。怒りが込み上げる。。。むかっ



感想としては。。。やはり、男性は怖いという一言になる。


障らぬ神に祟りなし。。。だろうか。。。


寒い寒い。。。汗






本当なのだろうか。。。

前記事に書いた。。。



そして、本やテレビなどで何度も見聞したことがあるが。。。

悲しめばいいのか。。。それとも喜んでいいのか。。。

戸惑うことだが。。。

子供は、親を選んで産まれてくるらしい。

その親のもとに産まれたいと思って産まれてくるらしい。

だから、どのような親でも素晴らしく尊いものだと思えてならない。。。。



今だからこそ、尊いなどという言葉を綴れたが。。。

ほんとうに、こんな親。。。とんでもないことだ。

しかし、自分が その両親のもとに産まれたいと思って産まれたのなら
致し方のないことだ。。。文句は言えないけれど。。。





この間、思ったことがある。

子供は無防備で幼い。

父は、「このテレビは俺のテレビだから見せられない」と堂々と、週に一回は私たちに言っていた。

なので、母が お隣に テレビを見せて下さいと一緒にいってくれたりしたことがあった。


母親の両親や姉妹が同じ市に住んでいて
実家にも何度も遊びにきてくれたことがある。

それから、学校には図書館があり本もたくさんある。

今思えば。。。母方の親戚に助けてと言うこともできたのではないかと。。。

両親が 喧嘩ばかりするから 助けてと。。。

それに、妹と二人で親戚に家出するくらいしても良かったのではないかと。。。

知恵が無かったな~とつくづく思う。

両親が喧嘩のもとを解決できなければ。。。
子供がするしかなかったのではないだろうか。。。と。。。

と今なら。。。少々思える。。。


両親に。。。

何故、喧嘩をするのですか。。。?

どうしたいのですか。。。?

などなど。。。どしどし。。。疑問をぶちまけて

会議をするべきだった。

両親に喧嘩しないでと とことん抗議すべきだった。


それに、今思えば。。。本もたくさん読むべきだった。。。
とつくづく思った。


ただただ、両親の喧嘩に耐える日々が20年余り。。。

そのせいなのかどうかは分からないけれど。。。
私の幼い頃の写真。。。
母の膝の上にいるけれど。。。
とても不安そうで今にも泣き出しそうな顔をしている写真が一枚ある。。。

まさしく、それだ。。。



とにかく、子供たちが 幸福に値する 世の中であってほしいと願うばかりだ。





私は、かれこれ。。。もう3か月間以上

図書館で、この  人は みな 「愛」を語る
青春出版社/1999年9月発売 を借りている。



そして、134Pを抜粋。。。


曽野

「新約聖書」の「コリントン人への第一の手紙」の13章に、愛とはいかなるものか、というのをたった十行で書いてある。それは聖パウロという人の手紙なんですが、その中に「愛は不作法をしない」というのがあるんです。この言葉を知った時、目からウロコが落ちる思いがしました。

。。。とある。。。


夫婦間であれば。。。家の中では だらしない姿でもいいとか。。。
家の中だけくらいは気を許していい、という空気。
不作法をなさず。。。というのは、荒い言葉をかけたり、喧嘩腰でものを言ったりしてはいけないというと。。。

親しき仲にも礼儀あり。。。

ということだろうか。。。

もともと夫婦は他人なので。。。

やはり、わきまえなければならないのだろうな。。。

となると。。。実家の両親は 毎日、荒い言葉で罵りあい、喧嘩腰でものを言い三昧だった。

まさに、不作法の王道を恥ずかしげもなくいっていたのだ。。。

私たち三姉妹は大迷惑だったのだ。。。

しかし、子供は親の姿を見ながら育つので。。。
三女は父にそっくりで気が短い。。。
なので10年前にバツイチになってしまった。

親の影響は素晴らしく凄まじいものでもある。

そして、私も両親に似ているものの。。。
実家の母や、女友達
それから所属している会社の温かな支えによって救われて
まともな人間になれた気がする。。。

私は長男を虐待していた母親だった。
しかし、救われた。。。
ほんとうに有難いことだ。。。
長男を虐待したことを反省し長男に心から詫びて心穏やかな人間になれた。。。
感謝し尽くしても足りないくらいだ。。。


それから、荒い言葉をかけたり、喧嘩腰でものを言ったりすること以外にも、それに似通ったことは多々あるだろう。。。
だから、胸に手を当てて、そのような行いをしたことがあれば反省して二度と同じことがないように心がけることが大事なんだろうと思った。



そして、本やテレビなどで何度も見聞したことがあるが。。。

悲しめばいいのか。。。それとも喜んでいいのか。。。

戸惑うことだが。。。

子供は、親を選んで産まれてくるらしい。

その親のもとに産まれたいと思って産まれてくるらしい。

だから、どのような親でも素晴らしく尊いものだと思えてならない。。。。








数ヶ月前から、図書館で

曽野綾子・三浦朱門 著書の 人はみな「愛」を語る
青春出版社/1999年9月発売 を読んでいる

この手の本を図書館で借りたのは初めてだ。

本を読んでいくと。。。


128Pを抜粋。。。

三浦

一番大切なのは、冷めやすいし損なわれやすいというけれども、冷めて、損なわれてもなお壊れがたい関係というものが結婚というものだと思う。つまり、ともに相手に対してばかりではなくて、さまざまなものに対して責任を分かち合ってしまうから。

と書かれている。。。


今年、10月11日で30周年。。。

三浦さんが 書かれたように。。。

やっぱ。。。そうなんだな。。。そうだ。。。

何度も壊れそうになってきたけれど。。。

実家の母親、それから女友達。。。
それから、所属する会社の温かな方針。。。

それらに支えられながら。。。ここまで到達することができたんだな。。。

と、つくづく思った。

女友達からは。。。何故、離婚しないのか。。。?
と疑問を投げかけられたこともあったけれど。。。

やはり、自分にも長所や短所があるので
旦那ばかりを非難してはいけない部分もあるということが分かっていたからかもしれない。
それから、子供がいることの責任もある。

それに、実家の両親の姿も多大な影響があった。
それは、1年365日喧嘩三昧の両親だったが。。。
そんな両親だけれど、実家へ行けば両親二人揃った姿を見れることに感謝だったから。。。
両親が居ることに感謝だった。

だから、私は、それを人一倍痛感していたからかもしれない。。。

実家へ行けば。。。今でもたまに喧嘩していることもあるけれど。。。
それが両親なんだ。。。と思えば。。。苦はない。。。

親とは、まさしく有難い存在だ。。。

最近、父親が直腸癌に罹り手術をしたけれど
もしかしたら命が。。。

というような危機感があった時に
夜が眠れなかった。
何か、片腕が折れそうな。。。そんな気さえした。


だから、後悔のないように両親に接していきたいなと思ったし、

両親もまた、損なわれても壊れがたい同志なのだろう。。。