半月ぶりの我が家です。
たった半月。
このたった半月で、母は、私たちは、あまりに突然に状況が一変してしまいました。
私と一緒に病院まで歩いて行った母は、今や介助なしには歩くのはおろか立ち上がるのもままなりません。
入院前日まで少食ながらそれなりに食べていた母は、今や入れ歯の装着もひと苦労で箸や茶碗を持つ手が口元まで上がりません。
主治医は事実上の、あと数か月の余命宣告をしました。
入院なんてさせるんじゃなかった。入院したから母はこんなに痩せちゃって、1人で長時間過ごす日々で認知機能も落ちちゃって。
だけどあの時は。
頭や体を打ったから時間差で脳内出血や骨折が見つかるのが怖かった。
ずっと母の栄養状態や筋力低下が心配だったから入院で改善できると信じてた。
何より、私のいないところで看護師さんに、娘に迷惑が掛かるから…と涙ながらに入院を決めた母の優しさを受け取りたかった。母は帰りたかったはずなのに。
私たちの選択は結果として失敗だった。
でも別の選択が本当に正解だったかどうかはわからない。
もしかしたら、入院しなかったら脳内出血でポックリ逝っていたかもしれないですし。
外出の前日、前々日。
母はすごく元気で、帰宅をとても楽しみにしていました。カレーが食べたいとか、「今日帰れないの?」とか言っていました。
私は張り切って食事の仕込み、母の大好きな花の飾りつけなどをしてきました。
でも、当日。
何が原因かはわかりません。意気揚々と病室に入ると、そこには声を掛けても項垂れて座っているだけの母が。前日までの元気な声はまるで聞こえません。
多少の介助で普通タクシーの乗り降りや段差も大丈夫!と言われていたのに、タクシーも、自宅前に到着してから玄関までがもう大変。全然歩けない。
何とかして家の中に入れたけど、傾眠気味で会話もあまりできず。喜んでもらえると、一緒に美味しく食べられると夢見ていた昼ごはんはほとんど食べてもらえず。
最終的には夜には少し元気になったので、半分くらいは食べてくれましたけどね。
まあ…よかった、か。
いつでも帰ってきていいんだよ。ここはお母さんの家なんだからね。いつでも待ってるよ。食べたいもの、何でも用意しておくからね。また一緒に食べようね。
母にどれくらい言葉が届いていたかはわかりません。いや、言葉は届かなくてもいい。
大好きな野球やお笑い番組を観てはしゃぐ声をまた聞きたい。みんなに好かれる優しい笑顔が見たい。
もっともっと母と一緒に生きていたい。
