すい臓がんの母と食べる普通の夕食 -12ページ目

すい臓がんの母と食べる普通の夕食

【がん患者向レシピ等一切ありません】
ただ母と日々食べる晩ごはんの画像と日記を淡々と記録。食べられるものを食べさせるという状況のため、治療の参考になるメニューとかはないです。

3/4は父の命日でした。
この日は外出したいと、入院当初から病院に頼んでいました。
たぶん母と一緒に迎える最後の父の命日。母と一緒に仏壇に向かったら、心で父にお願いするつもりでした。
見てお父さん。お母さんが帰ってきました。そしてもうすぐそちらに行くと思います。そしたらお父さん、お母さんのことをよろしくお願いします。と。

3/3。ひな祭り。桃の節句。
毎年、母は張り切ってちらし寿司とか作ってくれました。私はごはんに混ぜるだけの簡単なやつで充分だったけど母はいつも頑張ってくれました。
去年のひな祭りも母はいろいろ作ってくれました。そしてその3日後、母は膵頭十二指腸切除の手術に挑みました。
手術もうまくいって、あの頃は希望に満ちていたっけ、私たち。

父の命日に、1日遅れでひな祭りをやるつもりでいろいろ準備してました。勿論父の仏前のお供えものも。母には「何も心配いらないよ、元気で帰っておいで!」と言葉を掛けて。

でも、母は帰ってこられませんでした。
朝から高熱が出て外出は無理だと病院から電話がありました。最後のひな祭り、最後の父の命日は一緒に過ごせませんでした。
そして、主治医の先生からは今までにも増して厳しい話を聞かされました。

背骨への転移が数か所あり、放射線で緩和するのは難しいので今後も痛み止めを使っていく。高熱の原因は検査中だが、もし肝臓に膿が溜まっているのなら管を通して膿を抜く予定。
今後は外出は難しく、自宅療養は私1人ではとても大変で勧められない。行くとしたらホスピスなどの医療機関がいいと思う。

すごく悩みました。
母の体のためには病院がいいに決まってる。でも、このところ母は毎日、家に帰ることばかり言っていた。面会制限が厳しいからろくに話もできない。たぶん解除される前に母とは話せなくなってしまう。

それなら、今、今のうちに母を帰ってこさせるべきなのではないか。先生がおっしゃることはきっと正しい。私には何もできないかもしれないし、却って母の残り時間を縮めるかもしれない。
でも、家に帰ってくる方が、母も私も後悔が少ないはず。帰ってきたと認識できるうちに帰ってきた方がいい。私だって、亡骸に向かってお母さんようやく帰ってきたねなんて言いたくない。

今日、母に改めて尋ねました。母は帰りたいと言いました。私は母の望みを叶えるつもりです。


晩ごはんは、昨日母と食べるつもりだったちらし寿司、蛤のお吸い物。かぼちゃサラダ。父も好きだった(と、母が言ったのでお供えした)お団子。

お母さん、美味しかったよ。一緒に食べられればもっと美味しかったんだろうね。
寂しいな。