今のリハビリ病院に入院して2ヶ月半以上が経ち退院の話しが出てきた。

院長先生が入院初日に言った3ヶ月が経とうとしているからだ。

僕としては早く家に帰りたいと思っているのでやっと3ヶ月になると嬉しくなった。

僕の考えではとりあえず自立歩行できれば御の字で多分病院側の考えもそうだと思う。

だけど両親は違ったみたい。

両親の考えているのは完全回復でありつまりは自立歩行だけでなく足の装具も必要なく歩けるようになりまた手も普通の人のように動かせるようになってから退院だって考えているみたいなんだ。

それってどのくらいかかるのか?と調べてみた。

状態によって人それぞれだけど手の回復は速くても3ヶ月から半年で回復に向かうとのこと。

半年だと!!と驚いてしまった。

僕の右手の状態から見てまだまだ先になりそうで、つまり半年で回復に向かうってことはそれ以上かかるってことになる。

現在前の病院と合わせて3ヶ月半以上が経つんだけどまだ半分くらいしか経ってないことになるじゃん。

つまり両親の考えていることは来年まで入院してろってことになるのでは?

と思ってしまう。

僕としては11月半ばに誕生日があるのでそれまでには退院したい気持ちもあるけど問題がある。

自立歩行できても右手が使えないままだと食事も今のようにスプーンとフォークで食べることになるし、一番の問題がお風呂である。

我が家は古い家屋なのでシャワーがないし、また右手が使えないと左手と背中が洗えない。

病院では情けないけど介護士さんに左手と背中は洗ってもらっている。

正直家でそんなことしてもらうことは出来ないと思う。

どうしたらいいのか迷っているのが現状である。






今日まで僕を被験対象者としてついていた足の療法士(正確には理学療法士)の学生さんの最後の日。

彼に最初に会ったのはもう7週間も前のこと。

当たり障りない会話をしてくれて僕が❰転生したらスライムだった件❱(非売品)のティシャツを着ていたことからその話しで盛り上がったりしたことを思いだす。


それから

「今まで経験した一番の痛みを10として肩の痛さはどのくらいの痛みですか?」

と聞いてきて。

難しいこと聞いてくる。

それだけでなく

健康な左半身に触ったのを10としてリハビリ回復中の右半身のどのくらいの感じですか?

これまた難しいことを聞いてくる。

痛み?

今まで骨折や手術らしい手術を受けたことのない僕は一番痛い痛みを思い出そうとした。

出てきた一番痛いかった痛みは、前の仕事で経験した痛みだった。

クレーンで吊った鉄骨とワイヤーに小指が挟まってしまって骨折はしなかったが一番痛かったような気がする。

それを10として肩の痛さは

「は…8くらい。」

と僕は答えた。

当然曖昧な答えである。

それをちゃんとメモした学生さん。

「肩の痛みはシクシクする感じですか?ズンーンとする感じですか?」

と聞いてくる学生さん。

僕は

「シクシクする感じかな」

と答えた。

もちろん曖昧な答えである。

難しいよね痛みの表現ってのは人それぞれだと思うしね。

なげやりになってしまうのも当然だろう。

触った感じの方も適当に答えておいた。

それをちゃんとメモしている学生さん。

何か申し訳ない気持ちになったのは言うまでもないことである。



そんなこんなで最終日を向かえた訳だがなんというかリハビリ時間のほんの一部だけだったし、僕の場合言語の言語療法と手の作業療法もあるのでその時間はいないし当たり前だけど土日は休みだったし、もう7週間もたったんだって思う。

「これからもリハビリ頑張って下さい。」

と言って学生さんは去って行った。

で最後の挨拶を交わしたのに次のリハビリの時間に直ぐに合うことになった。

当然だよね。そんなに広くない病院内なのだから。




今まで僕にとって人生は適当に生きてきた。貯金も何も無しその日が適当に過ぎていくだけでいいと思っていた。

でも今の右半身麻痺の入院生活になって後悔している。

ちゃんと貯金していれば良かった。

高血圧であることは健康診断で解っていたのに病院に行けば良かった。

結局脳出血になり右半身麻痺になり入院費は親に支払ってもらっている。

適当に生きてきたのを本当に後悔している。

適当に生きてきたツケが回ってきたのか毎日休み無しのリハビリ生活になっている。

1日リハビリをさぼればその分入院期間が長くなる。

途中でリハビリを止めれば今日までリハビリを頑張ってきたことが無駄になってそのまま障害者になってしまうし、そのリハビリ期間の分の入院費が全部無駄になってしまう。

1週間に1日でもいいから休みたいと思ってしまうのは僕の弱さなのだろうか?

どうしても楽な方を選んでしまう。

でも少しでもいいから早く家に帰りたいと思う気持ちもある。さてどうしたものかと色々考えてしまう。

朝起きて今日もリハビリを頑張ろうって思ったのにリハビリ時間になると嫌だやりたくないって思っちゃう駄目な僕。

のんびり気ままに適当に生きてきた僕には頑張ろうって気持ちが続かない。

このままじゃあ駄目だって思ったのに楽な方に楽な方にへと気持ちがいってしまう。


   入院生活の中で寝れなかった日にもリハビリ時間になると療法士さんが来てリハビリが始まる。その日には弱気になってもう嫌だこんな身体は捨てたい死にたい誰か僕を殺してくれって思ってしまった。


その日にちょうど洗濯物を交換しにきた両親の顔を見た瞬間涙を流して後悔した(死にたいって思ってごめんなさい。僕はなんて愚かことを考えてしまったんだ)と思った。

面会謝絶のこのコロナの時期の病院で僕が「殺して」って言った介護士さんが気をつかってくれて両親との話し会いの場を短い時間だけど許可してくれた。


「リハビリは辛いし痛い嫌だって気持ちは解るけど死にたいなんて思わないで」


涙を流してそう言う母親。

そういえば母も障害者だったんだ。

母は産まれた時片方の足が曲がっていた。

足の裏が天を向いていて幼少の頃からリハビリして小学4年生の頃に手術して足の裏がちゃんと地面に付くようになったけど足の膝から足首までの太さは小学4年生ままだけどしっかり足を見なければ見た目だけでは健常者と変わらないくらいにまでなったんだ。

僕はその話しを聞いてたし知っていたはずなのに自分だけが何で苦しい思いをしなきゃいけないんだとか思ってしまった。


その日短い時間だけど両親と話した僕はもっとリハビリ頑張ろうって思った。



その日から数週間後9月下旬に久しぶりに上司にLINEを送った。

母親から僕勤めている会社から傷病手当が支給されたとの連絡をもらいそのお礼と感謝の気持ちを僕本人から連絡してとのことでLINEで送った。

最初は電話の方がいいかと思ったんだけど上司の声を聞くと泣いてしまいそうだったのでLINEにした。


その返事として

【いえいえ、それは○○君の当然の権利なので大丈夫ですよ】

と返ってきて

【お客様も○○君のことを心配して気にかけてくれていますよ】


忘れていた。まさか僕のことをお客様にも心配して頂いてもらっているなんて思いもしなかった。

僕を心配しリハビリ頑張れって応援してくれる人が沢山いると知ってなんだか温かい気持ちになった。



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最近のこと母から妹がお見舞い金をくれたと教えてもらい妹に【ありがとう】とメールした。

その返事として


【どうたしまして。何がいいかかからなかったので、欲しいものや必要ものに使ってください。

毎日リハビリ大変だと思うけど、早く退院できるように応援してます】

と返ってきた。

嬉しい。


本当に沢山の人達が「リハビリ頑張れ」って応援してくれている。

弱気になっちゃダメだ!

挫けるな!

諦めるな!

強く強く自分の心に誓う。

そして応援してくれる人達に感謝している気持ちを持って必ず良くなって会いに行こう。

僕を応援してくれている人達に



「心からありがとう」