週末雪山、ときどき海外
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シリア&ヨルダン旅行3(ハマ→パルミラ)

シリア旅行の続き。

前回のブログでも書いたが、シリアは非常に暑い。
体は歩いているとどんどん熱くなるのに、一切汗をかかない。
朝からハマの街を歩いていたが、どーにも耐えられなくなり、↓のレモンジュースを購入。
15シリアンパウンド(30円くらい)

■レモンジュース(アイス)
ちっちゃい頃よく飲んでたフローズンジュース。
最近はあんまり見かけないけどコンビニとかで売ってるのかなぁ。
週末雪山、ときどき海外-20100817(0)

ハマの町は非常に小さい。
見所は歩いていけ、前日に引き続きハマの水車へ。
■ハマの水車(four norias)
$週末雪山、ときどき海外-hama3

やっぱり地元の子供たちが水浴びしていて、写真の赤丸の所からみんな飛び込んでました。
(度胸試し的な要素もあるらしく、この男の子は10分くらい動けず、仲間からかなりいじられ、
でも結局飛び込んでた。)

こういうのは人一倍好きな自分(あくまで撮影で)
近寄ってくと20歳過ぎくらいの年齢の子から話しかけられ、予想された展開へ。
『Hi!どっから来たの?』
『日本』
『一人?』
『一人』
『やってみる?(飛び込み)』
『・・・』

やっぱりそうなるよねガーン
高い所から飛びこみなんてやったことない自分。
たぶん10メートル以上はある。
1回もぐってみた所、着水地は深さはそこそこ。
『日本人行け!』みたいな事言ってるし、ビビリと言われるのは絶対にいやだ。
行くか!

という事で、てっぺんまで。
下では自分のカメラでシリアの男の子がチャンスを待っている。
意を決してジャンプ→着水成功!

と書いたらカッコいいのだが、実際には水車に乗っかったまま上まであがり、下をみた瞬間思ってしまった。
こりぁー間違ったら死ぬドクロ

こんなとこでケガしたらほんとのバカ、旅も続けられなくなったらどうすんだ!
会社にも家族にも言えんぞ。
と、冷静かつ、本音ではなんとか飛び込まない理由を必死に工面し、
結局水車から飛び込むという事で、やっと地元の子達から解放してもらえた。


このあと濡れたパンツをリュックの上で乾かしながら、ハマのガラージュへ、
そこからパルミラへと移動した。
(ほかの外人さんとの乗り合いタクシーで、150シリアンパウンド。)
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→パルミラへ

パルミラは、1980年に世界遺産に登録されたパルミラ遺跡のある街。
古くは東西交易の中継地として栄え、オアシスとして発展した場所でもある。

乗り合いタクシーで一緒だったイタリア青年3名グループとは↓でお別れ。
(なんだかホモっぽかったあせる
タクシーの運転手の友達の家に泊めてくれると誘いをうけたが、連れてってもらってチャイムを鳴らすと不在。
まずは、安宿街で探してみることにした。
■パルミラ中心部(安宿街)
週末雪山、ときどき海外-20100817(1)
■パルミラ中心部(ネットカフェ)
この時代、どこを旅行しても日本人の足跡はあり。いままでカザフスタンの山奥であろうと、日本人の痕跡がなかったところはない。日本人は旅行好きだなぁとつくづく思う。
週末雪山、ときどき海外-20100817(2)

宿にする?それとも泊めてくれそうな人を探す?と思ったが、安宿街からパルミラ遺跡は数百メートルしか離れておらず、まずは遺跡に行ってみることにした。
■パルミラ(列柱道路)
週末雪山、ときどき海外-20100817(4)

一通りみて、宿探しに戻ろうとすると、世界遺産内に位置するホテルを発見。
値段を聞いてみると60USドル。
こっちの物価からするととんでもなく高い!
でも↓のホテルからの風景にひとめぼれしてしまい、結局このホテルにチェックインした。
■パルミラ(ホテル・ゼノビアシャームパレスより)
週末雪山、ときどき海外-20100817(6)

このパルミラ遺跡。
遺跡自体の入場料等はなく、一般開放?されており24時間オープンされている。

2000年近くも前の遺跡がこれほど綺麗に残っているのもあまりない。
しかも夕暮れ時には、ほとんど観光客は帰ってしまい自分ひとり。

さらに夕暮れ・朝焼けの写真を撮るのが大好きな自分。

夕暮れ時を待って、写真を撮った。
■パルミラ(四面門)
遠くに見える山の上にあるのはアラブ城。次回のブログで頂上からの写真をアップします。
週末雪山、ときどき海外-20100817(5)

■パルミラ(夕暮れ時)
週末雪山、ときどき海外-20100817(6)

一旦宿に戻って、休んでいたところ携帯が鳴った。
なに!?
基本的には海外でるときには業務用の携帯電話を持っているが、ほとんどみんな気をつかいかけてこない。
なんだろうと思って電話にでた。
上司→『大丈夫か!!?』
自分→『はい??』
『なんかそっちでテロあったらしいぞ!』
『えぇっ!知りません。どこですか?』
『ヨルダンの方』

正直海外にでるとテレビもほとんど見ないため、情報が入ってこない。
調べてみると、これから行く予定のヨルダンのペトラ遺跡の近くにあるアカバという街のインターコンチネンタルホテルにミサイルが飛来し、死者が出たとの事。

ヨルダンのペトラに行く予定ではあったが、ペトラ⇔アカバは100キロ近く離れている。
正直大分離れているから大丈夫と考えてしまったが、日本にいる一般的な考えからすれば、
『アカバなんて、何千キロも離れた場所。テロがあろうが日本にいたら関係ない』から、100キロ近くまで近づくとなれば、心配するのも一般的な考えであると思う。

旅行は続けて構わないが、毎日きちんとした所に泊まれという上司の温情ともいえる指示を受け、
また家族に心配をかけられないという思いから、今日以降は中級くらいのホテルに泊まり、決まり次第宿泊先をメールするという約束をした。

これが前回のブログに書いた、民泊ができなくなった訳である。

翌日5時にパルミラのアラブ城へ。
ダマスカス経由でヨルダンのアンマンへ。
アンマンからペトラ、熱が出て途中寝込むなどの話は次回へ。

こんなつたない文章、最後まで読んで頂き感謝ですニコニコ

シリア&ヨルダン旅行2(ダマスカス→ハマ)

シリア&ヨルダン旅行記のつづき。

(なんかブログとかどういう文体で書いたらいいのかわからず、少しかたい文章かも知れません。
ゴメンナサイ。)

初日夜、移動疲れというのもあり大分長い間このモスクに座っていました。
↓夜になったモスク
週末雪山、ときどき海外-ウマイヤド・夜

↓モスク近くのスーク、スーク・ハミディーエ。
ここで揃わないものはないとか?
$週末雪山、ときどき海外-スーク

このモスク。一応入場料等、イスラム教徒以外はいろいろときまりがあるらしいのだが、
自分は顔立ちがあんまり日本人に見えない顔立ち(沖縄の人によく沖縄顔と言われます。。)のため、
いいか悪いか別として外国人・異教徒に対する入場料等を請求されたことがほとんどない。

自分が旅をする目的でもあるが、海外にでると宿には泊まらずできれば民泊をしている。
バスが一緒だったおばちゃんや、ヒッチハイクして拾ってもらったおじさんなどに、
『今日宿無しなんだけど、泊めてくれない?』と頼むと顔立ちに親近感がわくのか、
結構な確立で家に泊めてもらっている。
大概、自分の国の人ではないが、隣の国とどこかのハーフの人だろ?って言われます。
(ブルガリアでは、トルコ人のハーフ。シンガポールでは、インドネシア人ハーフ。
ウズベキスタンでは、パキスタン人のハーフといわれました)

話が前後してしまうが、今回もシリア&ヨルダンでの民泊(人の家に泊めてもらう)を目的に
旅に出た
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翌日、シリアの首都ダマスカスから、北に約200キロのハマへ。
ダマスカスにある、ガラージュハラスター(北部方面・長距離バス乗り場)から約3時間。
バスは150シリアン・パウンド(約300円位)にて移動した。

シリア&ヨルダンに共通するが、交通費は非常に安い。
車内では水と、アメやお菓子のサービスあり。

↓ハマのガラージュ(バスターミナル)
週末雪山、ときどき海外-ga

ハマのガラージュから、ハマ中心部へ。
このハマにはビザンチン時代(紀元後4世紀くらい)に作られた木造の水車がある。
※日本だと古墳時代のあたり?

非常に貴重なものではあると思うが、みんなこの水車に乗って一周回ったりと、
思い思いに過ごしていた。

写真からは伝わらないかも知れないが、このとき気温は42度!
(でも湿度が低いため、一切汗がでず)
水浴びしたくなる気持ちも非常にわかる気がした。

↓ハマ最大の水車。20メーターくらいあり。
週末雪山、ときどき海外-hama

↓アンノウリモスクと水車
週末雪山、ときどき海外-hama2

半日かけてハマを観光し、現地と人と話をしながら(英語とアラビア語?とジェスチャーにて。
アラビア語は数字しかわかりません。。。)、ハマに一泊しようかと思ったが、
その日はダマスカスに戻った。

到着日と、2日目はゲストハウスに泊まっていたが、翌日以降は気合をいれて泊めてくれる家庭探しをしよう!と意気込んでいたところ、事件は起こり、勤務先からある程度きちんとしたホテルに泊まるよう指示がでてしまった。
事件とはこれから行く予定のヨルダンのある街にロケット弾が着弾する事件が起こり、
迫った危機ではないにせよ、若干旅の制限が会社から入ってしまったのである。

その話は、次回に。














2010年8月シリア&ヨルダン旅行(その1)

2010年8月1日(日)
僕は日本からの移動で丸一日かかり、疲れてこのモスクに座って一人お茶を飲んでました。
この写真の場所はシリアという国の首都ダマスカスにある、
世界最古のモスクといわれるウマイヤドモスク。

週末雪山、ときどき海外-ダマスカス・アンノウリ

話は遡って7月の最終週。いつもは忙しいお盆前のこの時期。
急ぎの仕事もなく、1週間休みが取れそうだ!と、決まったのが結局出発した土曜日の5日前の月曜日。
月曜日は仕事そっちのけで旅行先を検討し、前から行きたかったシリアとヨルダンに行くことにした。
水曜日に急いで都内のシリア大使館に行きビザ申請。
ビザが金曜日にはおりることを確認し、その足で旅行会社に出向き、シリア行きカタール航空のチケットを購入した。

往路:成田→ドーハ(カタール国)→ダマスカス(シリア国)、
復路:アンマン(ヨルダン国)→ドーハ(カタール国)→成田
で、チケット代104,000円。

サーチャージ等含めると航空券代だけで12万円弱の出費。
高いなぁと思いつつ、休みも取っちゃったし、という事でチケットを購入し、
8泊9日のシリア&ヨルダン旅行が決定した。

シリアやヨルダンと聞いて、どんなイメージをもたれますか?
ちなみに自分の会社ではヨルダン→首都アンマンという、なんだかテレビ局の中継などで聞く地名に、
なんでそんなとこに??
という声がほとんどでした。

イスラエルとイラクの間に位置するこの両国。
地理的なことからいうと物騒な地帯であるこの国も、隣のレバノンなどに比べ、
非常に治安が安定しているこの国。

ちょっと危険なこともありましたが、いい人ばかりでした。

旅行の内容については何回かに分けてアップしていきます。