タニタの例にみる「社員の個人事業主化」の問題点 -“名ばかり個人事業主化”は社員の犠牲で成立つ- | 野良猫の目

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政府は70歳までの就業機会確保について企業に努力義務を課すことに関連して、定年後に元従業員を対象に業務委託契約により継続して働く制度を創設する方針を固めたこと、そして必要な法案を今国会に出すことが、昨年12月に報道されていました。このことについての問題点を書き出してみました。

 これを書くに当たっては、前回(2/11)のブログでリンクを貼ったタニタが押し進める「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」を参考にしました。また、業務委託契約を「最大限、企業の利益になるように作る」としたらどのような契約になるかということに視点をおきました

 

 長くなりましたので、最初に項目だけ並べます。

 

(1)契約方式は、「基本契約書+個別発注方式」

(2)個人事業主(受注者)同士を競争させて、メリットを引き出す。

(3)結果的に就業時間(労働時間)を拘束することもある。

(4)「副業可」としても、同業他社との取引は認めない!

(5)契約の更改時は、より自社に有利な取引条件を提示する。

(6)発注者が破産した場合は、優先して弁済を受けられない「一般的債権」となる。

(7)社会保険・労災補償などの制度充実がなければ働く者(生活者)が犠牲になるだけ!

(8)脱法的な業務委託契約で働く者が「労働者」と評価されるまでには長い時間と大きな負担がかかるのでは?

労働契約と業務委託契約・請負契約比較表

 

 

(1)契約方式は、「基本契約書+個別発注方式」

業務委託や業務請負のための契約方式の一つとして、「継続的取引の基本契約 + 個別発注方式」というものがあります。これは、基本契約書で発注の手続き、対価(報酬)の精算方法など取引全体に共通する事項、そして契約の期間(2年とか3年とか)を定めて契約したうえ(下図①)で、個々の業務については、発注の都度、業務内容、納期、納品場所、対価の額などを示し(下図②)、受注者はこれに同意して引き受けた(下図③)時点で、その個別の業務に係る委受託契約(又は請負契約)が成立する(下図④)ようにします。

この個別の契約は、業務の内容によって契約期間も異なります。例えば。1つの小規模店舗の運営を総て一人の個人事業主に委託するとなれば1年間の個別の契約も可能ですし、単発のプロジェクトであればそのプロジェクトに必要とされる期間とします。

そして、このようにすることで、体裁上は例えば3年間の基本契約を結んだことしても、実質的には業務の発生の都度発注しますので、個々の業務を誰にやらせるかを含めて、発注側の自由度が確保されます。

 

参考までに、タニタの記事では「契約期間は3年で、毎年契約を結びなおす」とあります。何で有効期間の3年の契約を「毎年結びなおす」のか意味が分からないところですが、もしかすると「3年」というのが基本契約の期間にあたるもので、具体的な業務委託については期間1年のものを、毎年見直しのうえ結びなおすということかも知れないと憶測しています。

 

(2)個人事業主(受注者)同士を競争させて、メリットを引き出す。

いずれにせよ、発注する会社とすれば個別に発注する業務の種類・内容に応じて、フレキシブルに納期や対価の額を設定することができ、また複数の受注者がいる場合には受注者を選ぶこともできます。このことから、個人事業主同士が競争関係に立つことになります。同時に、企業と個人との交渉力の差を考えれば、発注者である企業が有利な立場にあることは明らかです。タニタの記事では、「上下のある会社の雇用関係という人間関係から、フラットで働ける組織になります。」と言っていますが、一般論からすれば、これは個人事業主がよほど高度な専門性を持っている場合に限られるでしょう。むしろ、発注者としての企業からすれば、個人事業主同士を競争させて、より自社に都合のよい条件を飲ませることのメリットのほうが大きいでしょう。

 

(3)結果的に就業時間(労働時間)を拘束することもある。

個人事業主であっても、例えば先に書いたように1つの店舗の運営を委託するならば、その店舗を開けておくべき時間を契約書に定めることになります。このことで、実質的に就業(勤務)時間が決められることになります。このようなものでなくても、業務量と納期との関係で結果的に就労時間(労働時間)が決まってしまいます。労働基本法の適用を受けないので、1日8時間という縛りがなくなります。経済産業省の調査でも、被雇用者と比較した一人当たりの平均就労時間はさほど変わらなくても、生計を維持している個人事業主では非常に過労死ラインを超えて長い時間就労しているケースが見られます(※)

タニタの記事の「(個人事業主だから)就業時間に縛られることはなく、出退勤の時間も自由に…」というのは、一般論からすれば“建前”に過ぎず、実際には納期に追われ深夜労働も徹夜もあり、ということになるでしょう。

※:経済産業省「雇用関係によらない働き方」に関する研究会報告書(平成29年3月)42ページ~43ページ

 

(4)「副業可」としても、同業他社との取引は認めない!

タニタの記事では副業も自由となっています。これは、「基本契約を結んでも、タニタは必ずしも継続的に個別の業務を発注するとは限らない。」ということでしょうか。そして、そのようなときは副業でも何でもやって生活費を調達しろといっているようにも聞こえます。

「業務委託方式」のメリットの一つとしてあげられるのは、このように社員(労働者)として採用したのであれば仕事がなくても賃金を払わなければならないところ、個人事業主であれば支出が生じないということです。反面、個人事業主の立場からは、副業だろうが何だろうが勝手にやって良いだろうということになります。

しかし、副業を認める場合であっても、発注者である企業からすれば、発注した業務を実施するために受注者に提供した業務上のノウハウを、同業他社からの業務に利用されることは面白くありません。また、秘密保持の面でも不安があります。このため、秘密保持条項に加え、受注者に同業他社から業務を引き受けないことを契約条件とします。受注者とすれば、自分が持っているノウハウを武器に他の取引先から受注できなくなるので、個人事業主としてのメリットがほとんどなくなり、益々発注者である企業に依存していくことになります。

 

(5)契約の更改時は、より自社に有利な取引条件を提示する。

総ての契約に言えることですが、契約期間が満了し更改するときは契約条件を見直すチャンスです。一般論とすれば、これは対等な発注者と受注者の双方に言えることです。個人事業主からすれば、報酬(委託料or請負代金)の額などの取引条件は“交渉次第”で引き上げることもできる、ということになるでしょうが、企業側が圧倒的に優位な関係では、一方的に不利な条件であっても個人事業主に押しつけることができますし、個人事業主としては仕事を失うよりは……」ということで渋々飲まざるを得ないということもあるでしょう

タニタの記事では「社員時代の給与・賞与をベースに『基本報酬』を決める。基本報酬には、社員時代に会社が負担していた社会保険料や通勤交通費、厚生福利費も含む。」とするそうですが、最初に契約を結ぶときはそうであっても、このレベルが契約更改後も続くという保証はあるのでしょうか

 

 

以上が、業務委託(or請負)に関する契約の面からの整理ですが、文章に書ききれない部分も含め、労働契約と業務委託契約・請負契約比較表(雇用契約と業務委託(or請負)契約を比較した表)を末尾に載せます。本当はどこかの法律事務所などがウェブページ上で公開したものがあればそこにリンクを貼りたかったのですが、適当なものが見つけられなかったので自分で作りました。弁護士のチェックは受けておりませんので、間違いがあるかもしれません

 

 

 続けて、業務委託(or請負)に関する契約以外のポイントについて、気づいたことを書いてみます。

 

(6)発注者が破産した場合は、優先して弁済を受けられない「一般的債権」となる。

あまり報道にはでてきませんが、破産(いわゆる「倒産」)時の賃金回収の問題があります。会社が破産したときは、第一に税金、社会保険料、そして労働債権……と優先順位に従って順番に支払われていきますが(共益費は省略しました。)、業務委託に係る対価はそれらの優先順位のある債権が支払われた後に債権額に応じて按分されます。私が仕事で見てきたケースでは、これが債権額の数パーセントということも珍しくありません。ときには、税金、社会保険料などの優先順位のある債権の弁済で終わってしまい、一般的な債権の弁済には回らないこともありました。つまり、完全に“取りっぱぐれる”のです。会社組織の下請け企業でも、“親亀こけたら皆こけたと言われるのに、名ばかり個人事業主であればこれは生活の糧を失うことになります。こうならないためには、複数の企業と取引をしてリスクを分散させなければなりません。これ、どの個人事業主もできますか? 

 

(7)社会保険・労災補償などの制度充実がなければ働く者(生活者)が犠牲になるだけ!

日本の社会保障制度は、制度の可成りの部分を企業に依存しています。給付面でも、国民健康保険と健康保険(組合健保)の差、国民年金と厚生年金との差などは知られています。また労災も個人事業主であれば対象になりません。これらの差をカバーしようと思えば民間の生保や損保の保険を買わなければなりません(ここでアメリカの保険会社が手ぐすねを引いてまっているのでしょうか。個人事業化を推し進める背景にはアメリカとのFTAの問題もあるのかもと勘ぐってしまいます。考えすぎですかね?)。

独立した事業主として業務を行うのに相応しい職種は確かにあります。発注者と対等に交渉出来るような高度な専門性があり、かつ固有の企業に依存しない普遍性のあるようなものです。このような職種の人たちであっても、個人事業主として働くには、政府として社会保険制度、年金制度などの社会保障制度を再編成して、例えば健康保険と国民健康保険との制度間の給付差をなくす、個人事業主の傷病による休業補償を国民健康保険から支払うなどの制度的手当が必要なのではないかと思います。更に、発注者の破産のことまで考えれば、信用保証保険に代わる制度を政府として作ることも考えなければならないでしょう。そして、このことは今までの自民党政権が目指してきた「小さな政府」の流れに逆らうものとなります。しかし、このような社会的なバックアップ制度を蔑ろしたまま、個人事業主化を進めれば、個人事業主とその家族の生活が犠牲になるだけでしょう。

 

(8)脱法的な業務委託契約で働く者が「労働者」と評価されるまでには長い時間と大きな負担がかかるのでは?

労働者を個人事業主として取り扱うことで労基法の規制から逃れようとする“脱法経営者は昔からいました。この問題は決して昨日・今日に起こったものではありません。

タニタの記事では「従来の仕事が減ったとして、“上司にあたる人”が新しい仕事を委託することになるし……」、また「2021年春に入社する新入社員は、全員が個人事業主になることを前提として採用するつもりです。」と言っています。

個人事業主に「上司に当たる人」がいることは、個人事業主と言えどもタニタの指揮・命令の下にあることになります。また、「個人事業主になることを前提」とありますが、入社後直ちに個人事業主とするのか、一定の期間後に個人事業主に切り替えるのかがわかりません。前者だとすれば、「新入社員」、「採用」など、おおよそ個人事業主としての募集には相応しくない表現です。他にもこの記事に見られるタニタの姿勢からは、現行法を前提とする限り、「脱法的なことを目論んでいるのか?」と疑わざるを得ません

UBER Eatsの配達員、コンビニのオーナーの問題と同じく、労働関係の法律からは、形式的には個人事業主として契約していても、実態面から「労働者」、「労働契約」と評価されるだろうとの弁護士の意見をよく聞きます。しかし、一度、個人事業主として契約してしまえば、会社もその契約書を盾に「個人事業主だから」と言って譲らないでしょう。このため、労働者としての地位を確認するためには、訴訟という手続きを踏まなければならないケースもあるのではないかと思います。そうなれば長い時間と大きな負担を強いられることになります(この辺はよく知らないので、個人事業主として働くことに興味を持っている人は、弁護士の先生に相談して欲しいと思います。)。

それとも谷田社長の「その頃(2021年春)には、この制度の白黒がつくでしょう。」という言葉は、2021年春までに労働法制そのものが変えられることを暗示しているのでしょうか

 

 

脱法内閣と経団連が一緒になって、大企業の利益のために個人の生活を犠牲にする政策が押し進められようとしているのではないかと危惧します。正に働く者が崖っぷちに追い込まれているとヒシヒシと感じます。

 

  このまま労働者が何もしなかったら、みんな本当に殺されるよ!