国会議員の任期の特例は誰のため?(自民党憲法改正推進本部案の第64条の2) | 野良猫の目

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今回から自民党憲法改正推進本部案の緊急事態条項を読み込んでいきます。いわゆる緊急事態条項は第64条の2第73条の2の二つでできていますが、今回は第64条の2について。

 

 

【自民党憲法改正推進本部案】

第64条の2  大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

 

 

最初に、平成24年の自民党改憲草案(以下「24年改憲草案」)第98条に相当する条項が自民党憲法改正推進本部案(以下「推進本部案」)ではなくなっていることに着目します。

 

【24年改憲草案第98条 抜粋】

第98条  内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

(第3項以下略)

 

現在の武力攻撃事態対処法(正式名称:武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)ではそれぞれの武力攻撃予測事態、武力攻撃事態、存立危機事態のそれぞれにおいて、内閣総理大臣の承認や国会の承認を得るための手続きが定められているなど、24年改憲草案の内容を先取りした規定があります。また、大規模自然災害については、災害対策基本法などで災害緊急事態の布告(第105条)について定めるなどしてあり、緊急事態に政府として対応すべきことの法的整備は既に整っていることは、「時の政権は、緊急事態を好き勝手に出せるようになる。(自民党改憲草案第98条について)」に書いたとおりです。

 

 このため、敢えて24年改憲草案第98条のように事前又は事後に国会の承認を得るような規定を置く必要はなくなっていると考えたのではないでしょうか(←私の想像です。)。

 

 

次に、いわゆる「緊急事態」の範囲に注目します。

 

24年改憲草案第98条第1項にあった「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において」とあったのが、推進本部案第64条の2では「大地震その他の異常かつ大規模な災害により」と変わっています。

これだけを見ると、如何にも外国からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱は推進本部案の「異常かつ大規模な災害」に当たらないようにみえます。しかし、次の理由から、これらはいずれも「異常かつ大規模な災害」に含めることができると考えます。

 

① いわゆる国民保護法(正式名称:武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)において、武力攻撃により生じる人的又は物的災害を「武力攻撃災害」として規定していること(第2条第4項)。

② 「法律で定めるところにより」とあることにより、どのような事態を対象とするかは、法律で決めることになるので、「内乱等による社会秩序の混乱」も対象とすることができる

 

このように見ていくと、一見、“きな臭い”文言はないものの、24年の自民党改憲草案と何ら変わりのないものであることが分かります。その意図は想像するしかありませんが、結果的に反対されそうな部分を隠したような効果となり、全体が見えにくくなったと言えます。

 

 

三つ目は、議員の任期の特例の問題です。

 

衆議院の総選挙、参議院の通常選挙は、基本的には議員の任期終了前に行われることになっています(公職選挙法第31条、第32条)。また、衆議院が解散された場合には、現憲法第54条に基づき参議院の臨時会(最低でも議席の半数の非改選議員がいる。)で対応することができます。となると、どのような場合を想定してこのような規定を憲法に設けようとしているのかが気になります。

 

公職選挙法の衆議院議員、参議院議員の任期、総選挙、通常選挙の選挙期日との関係でいろいろな可能性を考えて見ると、推進本部案第64条の2が適用する場合は、衆議院議員の任期あるいは参議院議員(半数)の任期が残り僅かである場合に限られてきます

 

衆議院が解散された後に、あるいは例外的に衆議院議員の任期満了後で総選挙前にこの事態が発生した場合には、既に議員は身分を失っていますので、推進本部案第64条の2の規定だけでは、これらをゾンビのように生き返らせることはできないでしょう。

……とは書きましたが、「法律で定めるところにより」とありますので、一度身分を失った議員を蘇らせるような規定を作らないとも限りません。特に今の政権は常識が通用しませんから、何をやり出すか分りません。

 

このようなレアなケースのみに適用される条文で、誰が利益を受けるかと考えれば、任期の残り僅かの議員の“身分保障(=収入保証)”しかないようにも勘ぐれるのです。解散や任期満了で失業状態となった元議員を、選挙もせずに放り出しておくわけには行かないということでしょうか。

そのような下心がないのなら、むしろ、憲法第54条の参議院の臨時会の規定を、衆議院議員の任期満了後で総選挙前の期間にも適用になるようにしたほうがスッキリするような気がします。

 

 

(次回は、推進本部案第73条の2を読み込んでいきます。)