足をとめるのが怖いのはみんな同じなんだとおもう。
失敗することが怖いのはみんな同じなんだとおもう。
やったことを批評されるのが怖いのはみんな同じだとおもう。
ただ、批判されても、失敗しても、再び走り出せる力が必要なんだな。
辞めようとしていることに善悪をつけようと思わない。
例えば、周囲から見たら、辞めることが落ちこぼれのようにみられることもあるかと思う。
ただ、それは一元的な評価だし、何かを辞めることは、その続けていたものの中での評価でしかない。
だから、辞めようと思うことは、(辞めようとしていることに正当な意味づけがあろうとなかろうと)とめる理由はない。
もし、仮に合理的で、経済的発想であれば、俗に言うビジネス書であれば、人生の無駄は不必要であるし、怒りとか、憤りとか、多くの情熱的な感情は不必要なのかもしれないけど
…あなたに続けて欲しいということを、僕が望んでも、それは続ける理由にはならないのだろうか。
それを続けることがあなたのためにならなかったとしても、人がそう望むから前を向こうとか、一緒に頑張ろうとかいう感情にはならないのだろうか。
その発想は(そうあってほしいと望むのは、)あまりにも利他的だろうか。