「やーい!そこの老人と海!」などとからかう童子の声が聞こえたとしたら、いよいよ老境も極まってきたといえるだろうか。
ぼんやりと釣り糸を垂らしながら没我の状態にあるようなとき、実際に響いた声なのかどうかさえ定かではない童子の声にハッとさせられて、ふと我にかえる。
ここは海の真ん中、船はしばらく進んだから、陸もそう近くはない。だから、童子などがいるはずもないのだ。
はたして、童子の声は、私の身体の中から響いたものだったか。
陸から遠くを揺れる船と人影に向かって大声で叫ぶ童子の姿が現れては消えて明滅しているが、いま見えているあれは、過ぎ去りし遠い日々の私だったろうか。
くっ、くっ、と釣り竿がわずかに反応する。
過去からの呼び声につられて懐かしさから竿を引き上げたとき、私のおぞましい一生が、渾沌というあり方で、目鼻もつけられないままに釣り針に引っかかって海から引き上げられる。
そういえば、垂らしている釣り糸に餌も針もつけていなかったことにふと気付かされる。すると、さきほどの二回の引きは一体なんだったのか。
身体の下で前後左右に揺れる船が、私のこともまた揺らしている。この船は沈む。

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