続き…

 

実際は村が閉ざされていたのでは無く、閉鎖的だったのは、『細川』という姓を名乗っていた一件の家だった…。

細川家は占いや風水で広く名を知られ、それを生業とし、裕福ではあったが、極度の閉鎖主義で、ほとんどその家の人間を見る事は無かった。

ある時、複数回に渡り、体の一部が欠損した死体が付近で見付かり、呪術の噂が流れた。

ある意味では必然性を持って、それは閉鎖的な細川家と関連付けられたが、村の者は直接彼らに何かを言うわけではなかった。

 

それからしばらくして、村が飢饉に襲われた頃、村外れに奇形の死体が捨てられ始めた。その異様な様から、それは鬼に関するものだと囁かれ、同じく細川家に関連付けられた。

「実際それは…、細川家とは関連は無い事で…、疫病と栄養不足を原因とする奇形児が産まれていたようなのです。が…飢饉のおり…、食料も無く、育てるのには限界があり…。ですが、それを知らない村の住人は…」

貧困と飢餓と不安という極限状態により、人々もまともな判断が出来なくなっていたのかも知れない…。村人は、その異形の死体に怖れ戦き、ある晩、結束して細川家に火を放ったのだ。

それからしばらくも経たない内に、村人が一人、二人、と変死し始めた。

 

細川家の呪いだ、と皆が騒いだが、どうする事も出来ず、やがて焼き討ちに関わった者全てが、一人残らず死に絶えた。しかし死の連鎖は治まる兆しを見せる事は無かった。それは村中に侵食し始めたのだ…。

そんな村人たちが藁をもすがる気持ちで頼った者が、あの旅の途中の高僧であり、また問答無用で細川家を焼き殺したという後ろめたさからか、彼が事情を知らない…という事が好都合でもあった。

僧は村の中を調べ、細川家の焼け跡に、巧妙に隠された地下に繋がる鉄扉を発見した。

地下の部屋には蒸し死んだ数体の新しい遺体と、異様な気配を放つ六つの古い壷が見付かった。

 

僧は言った。

細川家は代々この壷を…、もとい壷に入っているモノを世に出さないように目を光らせる管理者の一族だったのだ。 その片手間に占いで生計を立てられる程に有力な…。壺の中の、正体不明のそれを僧は『鬼』と表現した。
 
壺に封じられた鬼の気は、感染性のあるウイルスのように人から人へと広がる為、細川家は極力、閉鎖的にならざるを得なかった。だが…、唯一その対処法を知る細川家は…村人によって…。

村人を責めるよりも、壺に封じられた鬼をどうにかする事が何よりも先決だった。

管理者の居なくなった今、六つの壺を処分する事はもちろん、一ヶ所に留めておく事すら危険とされ、それらは分割され、付近の村々に分けられる事となった。

一番大きな壺は触れる事も不吉とされ、移動させる事すら叶わず、元々の細川家の地下にそのまま残された。

 

その後、その地下室ごと埋められ、祟りを抑える為に、そしてその場に厄災が眠っている印として、僧によって特殊な地蔵が建てられた。

 

他の壺は付近の村に社を作り、元々、神職にあった者たちがそれを守る事となった…。

 

しかしそれでも、細川家の在った村の住人は様々な理由で、ほぼ死に絶えたという…。

 

それがこの鬼によるものか、無惨に殺された細川家の怨念によるものか…、只の偶然か…、は解らない…。

 



「細川家には罪は無く、むしろ彼らは被害者だったわけです…。」



正直、僕にとってその胡散臭い昔ばなしが真実かどうか等はどうでも良い…。

僕が気になるのは、『隠れ道祖神』の時にも『鬼』、『甦る伝説』の時にも『鬼』、この話にも『鬼』

『鬼』!『鬼』!『鬼』!

『鬼』という言葉が付き纏う事だ。

僕は竜介、最近続く嫌な事件、そしてあの『無い筈の土地』について、知っている事を全て話した。

 

全く馬鹿にする様子も無く、僕の話を聞いていた宮司の顔色は、どんどん深刻なものに変わり、彼は徐にある恐ろしい事を言った。

「京十公園は…過去に何かが建っていた痕跡がある古墳跡と云われていて…、はっきりとはしないのですが…、この細川家跡の可能性が…あります。」

…と、いう事は…京十公園の…地下空洞にあった…あの『隠れ道祖神』は…、この話の僧が造った…鬼を封じる為の…?

ならば…地震により陥没した事で…、そこにあった一番大きな壺が壊れ…、それに伴い…感染性のウイルスのように、人を変死させる『鬼』が…出た可能性…?

…くそっ…、きっかけはあの地震か…

昨今の出来事と照らし合わせて、徐々に現実味を帯び始めたその話と共に、僕にも少しずつ…不安感が生まれ始めた…。しかし、僕を本当に驚かせたのは彼の…、次に発した言葉だった。

「実は、かなり前に…この話の、壷の内の一つを封じたとされる神社の神主が絶えてしまって…。」

十年以上も前に、ある神社で神主が、不審死したと言う…。夜中に神主の正装をしたまま、柱に首を括って自殺をしたらしい…。それ以来、その神社には様々な人間が集まり、不審な死…主に自殺をしているという…。

「 壺の中を覗く事は禁忌とされていますので、あくまでも噂ですが、その神社の壺には…、人の…、人型の頭のミイラが入っていたと言われています。 」

…何か…聞いた事があるような…、その神主の亡くなり方…

僕は必死に頭を探った…。そして…、体の震えと共に思い出したのだ…。

「ひょっとして…、そこは…まさか…、少し前に…御堂が火事になった所ですか…?」

「御存知でしたか…。そう…、そこです。」

驚いた素振りも見せず、彼はそう言った。

僕は額に汗が浮かぶのを感じた…。それは『作り話』(同話参照)『神社の影』(同話参照)で書いた、あの呪われた神社の事だったのだ…。

息をし難くなるような…感覚…。あの神社の神主の自殺には…僕が関わっている可能性すらあるのだ。

その後もあの場所では、何度も人が死ぬ為に訪れている…。まるで何かに呼ばれているように…。

いや…それよりも…『神社の影』において、生徒がそこであの妖怪『おとろし』に似た巨大な頭を見ている…。この際、『おとろし』はどうでもいい。

 

『頭』だ。僕の生徒は、頭が入った壷が納められているという謂れのある神社で、巨大な頭を見ているのだ。

汗がだらだらと出て来た。とにかく落ち着こうと、ふと顔をあげて、宮司を通して後側にある、網戸になっている窓の外を見た。

「もう一つの神社も、戦火の折りに…絶えてしまっていて…、それこそが…、いや…、どうされました?」

突然、僕の頭はショート寸前にまで追い込まれた。彼の話が入って来ない程に…。

 

続く…