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舞台に風を,音に命を

以前のブログにログインできなくなったので,新装開店しました(^^).

音遊房「繁風亭」&劇団√根のブログです.

遠く目指しているのは,現代のなかに伝統芸能/民族芸能を融合させて新しい日本文化を生み出していくことです.

 おはようございます,だんぷてぃ・ダイです.

ちょっと間が開いてしまいました.まさに時間が矢のように飛んでいきます.

この記事は,
「自分が生きてきた中で自己肯定力をどうやって得たか?」
を振り返ってみた,というお話です.

とあるfacebookに「テニスと般若心経で身につけました」と書いたところ,「どういうこっちゃ,ゆうてみぃ」とのお声を頂きました.

前回までテニスの話でした.今回からは般若心経のお話です.堅苦しい話はしないつもりですので,ごゆっくりお読み下さいませ.


◆般若心経との出会い

おいらと般若心経の出会いは,小学校4年生くらいに遡ります.

……と,その前に,般若心経の予備知識のない方に紹介しておきますと,「般若心経」とは日本で一番有名なお経の一つです.

あの有名な三蔵法師様が天竺より持ち帰って編纂した「大般若経」という膨大な量のお経があるのですが,そのお経のエッセンスを凝縮した,「ダイジェスト版の般若経」だと世間では言われています.どうも厳密には違うようですが,「般若経」ファミリーの一員であることは確かです.

わずか276文字という非常に短いお経であり,一般大衆にも読むことが容易だということで,日本では宗派を超えて一番よく読まれ,親しまれているお経ではないでしょうか.

そして「仏の知恵」を広く説き,大乗仏教の真髄が詰め込まれている,と言われています.皆さんもご存知「色即是空」は仏の知恵であり,このお経のメインテーマでもあります.

さて,小学生の時にどうやってこのこのお経と出会ったのかといえば,母がどこからともなく入手してきた一巻のテープ(なんとオープンリールですよ!)でした.「有名なお坊さんの声やからね」といってありがたそうに聞かせてくれたテープレコーダから流れてきたのは,当時薬師寺管主を勤めておられた高田好胤さんの声だったと記憶しています.

うれしがり屋のおいらは何度もテープを聞いて,般若心経を覚えてしまい,一人部屋でお経を唱えるヘンな少年でした.(さすがに友達には恥ずかしくて聞かせられなかったんです……可愛かったんですよね(^^))

で,ここまで書いておいて申し訳ないんですが,それから高校を卒業するまでは心経とは接点がありませんでした(ナンジャソリャ).前の記事に書いたように,高校ではテニスに心を鍛えてもらっていました.


◆松原泰道「般若心経入門」との出会い

で,ここからはちょいと重たい話になります.

高校を卒業して受験浪人していたある時期,人生の荒波がドドっと押し寄せてきた時がありました.

行き詰ってどうすればいいのかわからなくて,今日を生きていく力が湧いてこず,かと言って死ぬような衝動にすら駆られず,日がな一日腐った魚の目をして時間が流れるがままに過ごしていました.

そんなある時,たまたま偶然の発見が2つ重なりました.

1.母親の本棚にあった松原泰道さんの本「般若心経入門」をたまたま手にとった
2.和室の長押に掲げてあった般若心経の経本をたまたま手にとった

これが,人生のかなり大きなビッグイベントになったんです.

ずっと奈落に落ち続けていた心,もう誰もなにもしてくれなくていいよと投げていた心,砂漠の草のようにカサカサに乾ききった心,そんなおいらの心に根を張り,水を与えてくれたような経験でした.

まずびっくりしたのは「お経に意味があった」ことです.

皆さんそうは思いませんか?だってお経って日本語じゃないですよね,どう考えても(^^).

子供の頃に諳んじていた般若心経でしたが,暗誦できることに得意になっていただけで,ずっと,お経は一種の呪文だと思っていました.人間が理解できなくてもなにか霊を鎮めてくれるような,パワーを持った音韻の連なりだと理解していたんです.

実はそういう音韻の力を持つ言葉が般若心経には登場するのですが,それ以前に全体の意味がわからないわけですから.

ところが松原師の「般若心経入門」を読み始めると,心経の言葉一つ一つが丁寧に説明してあり,この経典がちゃんと(!),仏の知恵について説いているのが手に取るようにわかります.本当に驚きの連続でした.

松原さんの言葉はまるでお釈迦さんがお弟子さんに喩え話をするように,具体的な例をいくつも挙げて,いろんな人の胸に落ちるような書き方をしてあります.

この本は1972年に発行され110万部を超えるベストセラーになりました.すごいのは,改訂を重ねて40年近く経たいまでも,文庫本として入手可能なことです(祥伝社黄金文庫#315).

このことは実はこの記事を書くために祥伝社ノンブックシリーズの一巻だった初版の本を探したのですが見つからず,ネットで調べてみてわかったんです.古い師に出会えたような気がして,思わず自分も含めて家族全員に一冊ずつ,改めて購入してしまいました(^^).

この本は本当におすすめです.お経に書いてある意味が胸にストン,ストンと落ちる名著です.またお経に興味がない人でも,人とギクシャクしている時や,何より自分自身とうまく行っていないと感じる時はぜひご一読下さい.おすすめです.


◆般若心経の陀羅尼のメッセージ

さて「般若心経入門」を最後まで読み進み,一番心に残ったのは,実は最後の真言(陀羅尼とも言います)でした.

「ギャアテイ ギャアテイ ハラギャアテイ ハラソウギャアティ ボジソワカ」

経典の他の部分はインドの言葉を漢訳してあるのに,この部分はわざと残してあります.つまり伝わるのは音韻のみです.つまり呪文です.ただしこの呪文,意味はあります(ぜひググってみてください).

失意のどん底のなかで出会った経本と,その解説書.

経典の一つ一つの言葉の意味を知り,何度も読誦し,特に上の真言をつぶやいているうちに,なんとなく心がほぐれてきました.今現在自分が存在していること,空間,時間を,ものすごく高い遠いところから眺めたら,死ぬの生きるのと言っている自分がなんと小さいんだろうかと,目の前の霧が晴れるような感覚になってきました.そして,

「自分は誰に何を言われても生きててもええんやなぁ,自分の中に仏さんは眠ってるみたいやから,今すぐよい結果につながらなくても,生きてもがいてたらええねんな」

と思えるようになってきたのでした.

「自分は生きていてもいい」

これはもっとも根本的でもっとも強烈な自己肯定です.これを本当の意味で自覚できるようになると,自分を囲む環境,空間,時間に起きることすべてが,自分の「生」と結びついて,リアルに活き活きと感じられるようになります.

自然の移ろいも,人間の悲喜交々も「いのち」と「こころ」があるからこそだよな,と思えるようになりました.

そうなると,外にでて他人と出会ったり話をするのが楽しくてしょうがなくなりました.なにせ,他人が何を言おうとも自分は生きていていいし,相手も生きていていいんですから(^^).

もちろん悟りを開いたわけでもなんでもありませんから,それからも今でも,ずっとおいらは迷走し続けています.怒ったり泣いたり笑ったり,時には暴れたり(!),おいらの家は今日も賑やかです(^^).家庭のことも仕事のことも,成功したとは思っていません.

でも,どんな時でも言える言葉をおいらは持っています.それは般若心経から教えてもらった,

「生きていていいんだよ」

というメッセージです.自分にも,おいらを支えてくれるすべての人々にも,ずっと伝え続けたいメッセージです.

◆  ◆  ◆

以上,長々と本当に失礼いたしました.

「テニス」と「般若心経」.関係ないように思えますが,おいらの中ではしっかりつながって,自己肯定力の源になってくれています.

みなさんの中にも,一見まったく関係ないものでも,学びの記憶の中で網の目のようにつながっていることがたくさんあると思いますよ.

一度頭の中を探ってみてはいかがでしょうか?

Liberaの"You Were There"を聞きながら

だんぷてぃ・ダイ