自己肯定力を頂きました♪(その2)~テニスの呪文:前半
おはようございます,だんぷてぃ・ダイです.
「自分が生きてきた中で自己肯定力をどうやって得たか?」を振り返ってみた,というお話をお届けしております.
とあるfacebookに「テニスと般若心経で身につけました」と書いたところ,「どういうこっちゃ,ゆうてみぃ」とのお声を頂きました.
ならば,と筆を執ったのですが,書いてみると長い(^^).
まあ自分の半生に関わることなので長くなることは当然か.
あしからずご了承の上,ゆったりのんびりとお読み下さいましm(__)m.
今回はテニスの話から始めたいと思います.
おいらは母親と姉の影響で,高校からテニスを始めました.
1970年代後半から80年代にかけて,日本いや世界は,湧き立つようなテニスブームでした.当時,ボルグやコナーズ,マッケンローといったスターたちが大活躍し,そこら中にテニスクラブがあり,だれもが気軽にテニスを楽しんでいました.
一方で高校や大学などの部活としてのテニスは,古臭い根性論がまだまだ染み付いていて,「部活中に水を飲むな」とか,ぶっ倒れるまでうさぎ跳びとか,今考えたらとんでもないメニューが当たり前でした.
おいらの通う高校はまさに「体育会系」でした.
上達するために一人ひとりがトレーニングプランを立てる……そういうものが皆無でした.おかげさまでおいらも筋肉や根性はそれなりにつきました.
しかしテニスのような道具を使う競技は,チカラやスピードだけではまったく勝てません.長時間プレイできる持久力,緩急自在のテクニック,そして相手からの駆け引きにけして動じない不屈の精神が必要なのです.
頭の悪い体育会系は,そういうことをトレーニングでのばそうという発想がないんです.
結局おいらも,試合でうまく力が発揮できません.今で言うメンタルトレーニングなどまったく考えてませんでしたから,なぜ試合でうまくいかないのかわからずに,ずっと悩み続けていました.
先に進む前に,テニスというスポーツについて少し話をさせて下さい.というのも,おいらが「自己肯定力」を身につけられたのは,テニスというスポーツの性質によるところも大きいのです.
テニスは時間が読めないスポーツです.テニスをはじめネットを挟んで対戦するゲームには「時間切れ引き分け」とかサッカーの「時間切れPK戦」のようなルールがありません.
勝ち負けが決するまで終わらないんです.
これって現代的にいうとすごいことだと思いませんか.みんな時間に追われるような生活を毎日送っていますよね.その中で,最後の1ポイントが決まるまで延々やり続けるスポーツ,何時に終わるのかわからないスポーツって…….この非合理性が,おいらは好きです(^^).
で,時間切れなしのスポーツの中でも,テニスは特に1ポイントにかかる時間が非常に長いのです.
コートサフェースの種類にもよりますが,土のコートだと,1ポイント決まるのに2~3分などは頻繁にあります.稀に10分を超えたりします.
さらに1ゲームが決まるのにジュースが延々と繰り返されることがあります.これに20分かかるなんてこともあります.
卓球もバドミントンもバレーボールも,長くラリーが続いたとしてもそんなにかかりません.
皆さんの記憶に新しいことと思いますが,今年(2014年)の全米オープンで錦織圭選手が決勝に進出し,日本中が湧きました.彼の戦った四回戦と準決勝は両方とも4時間を超えていました.
おいらはヘボプレーヤでしたが,それでも高2の夏の高体連では1セットマッチ(6ゲーム先取),1時間半をこえる試合を経験しました.試合中に右足がつり,左足がつり,両足がつり……最後にはそれが治ってました(^^).大学では2時間半というのもありました.
プレーヤはその長時間,ボールを通じて相手と対話するだけでなく,ずっと自分自身と対話し続けなければなりません.
テニスは動きが激しく,相手があるスポーツですから,体は戦闘モードでないといけません.アドレナリン出まくりです.
その一方で頭は現状分析を冷徹に行うだけでなく,ある種「傍観者」でい続けることが必要なんです.
なぜならばあんまり作戦ばかりに気を取られては体が思うように動かなくなります.ですから,球を打つ瞬間は「無」になる必要があるんです.つまり一歩離れた場所から眺めている自分が必要になります.
疲労が溜まっていく中であっても集中をとぎらせることなく,肉体は「ハイ」に,精神状態は「クール」に保ち続ける必要があります.
テニスはこういう過酷なゲームだということがお分かりいただけたでしょうか.
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長くなったので,今回はここまでにしておきます.なかなか進まなくてごめんなさい.
後半ではどうすれば思い切った自分らしいプレイができるのか,おいらなりの答えに辿り着いたというお話になります.
お楽しみに(^^).