1997年4月。 | パソコン修理の『ゆーもあねっと』®

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水曜日の朝は、BNI手筒チャプターのビジネスミーティングよりおはようございます!!

 

と、言いつつも本日は少しお休みをいただいて(?)、

新たな融資をしてもらうための書類をもらいに、愛知県東三河総合庁舎、豊橋市役所、豊橋税務署を巡ることに。

ただ、クルマで回るのは面白くないので、自転車で巡ることにしました。

 

 

その過程で色々とノスタルジックを感じてました。

例えば、この東八町の交差点の北西部分。

 

ここにはかつて鈴木眼科医院という看板を掲げた建物がありました。

ただ、私が認識していた頃から、そもそもやっていたかどうか分かりません。

それでも、印象的なシンボルマークが掲げてあったことだけは覚えていまして、

普段はここを通ることがありませんから、まさか建物がなくなっているのは思いもよりませんでした。

 

 

そして、この東八町の交差点。

色々と曰く付きでしてね。私にとって。

この歩道橋です。

 

高校1年生のときです。

盲腸になった父親が、この先にある『坂口外科』に入院してしまいまして、

私がそのお見舞いに行ったんです。

 

当時は、父親と母親がバトルをしてましたから、

私が着替えとかを持って、自転車で走ってたんですね。

日もすっかり暮れ、ぶっちゃけ夜です。

更に、雨がぱらついてました。

 

私はこの歩道橋のてっぺんから、自転車でその斜面を

 

下っちゃったんですね。

 

ブレーキもほどほど。猛スピードで下った結果、

中間地点で、自転車がはね、前輪が斜面ではなく、階段部分に引っかかり、

そのままガタガタと最下段まで。

そこで、前輪が引っかかって、私は体を投げ出されるようにして、

顔から地面にダイブ!!

 

 

前歯が欠け、左腕にも消えることのないキズを負いました。

鼻の下もの切ったんじゃないかと思います。

 

そこから、何とか自宅に帰ると、

やはりそのままではよろしくないと言うことで救急車を呼ぶことに。

 

そして、担ぎ込まれた病院は、父親が入院している坂口外科www。

 

 

そんな坂口外科も、今ではなくなってます。

この時は、まだ救急患者も受け入れて、入院設備もあったようですが、

あれから、病院は院長先生だけになったみたいですね。

そして、後継者も居なくなり、廃院。解体と。

 

親子共々お世話になってしまった(笑)病院です。

 

個人的な話ですが、内科は、幼児の頃から通っている浅野内科さん、

耳鼻科は、ふんけんクラブの仲間である木下耳鼻咽喉科がありますけど、

外科でかかりつけってのがないんだなぁ・・・。

 

今のところ、大きな怪我をしていないからいいんですけど。

どこか、集団診療で作業的に診察するのではなく、

ちゃんと患者に向き合ってお話ししてくれる外科をかかりつけに持ちたいものですね。