午前3時を回った頃だろうか。

薄暗い部屋で、男はぼんやりと天井を見上げていた。冴えない顔に、寝不足で充血した目が張り付いている。
 
田中という。38歳、可もなく不可もない営業マンだ。

 

今夜も眠れなかった。

いや、正確には眠りにつけなかった。

 

布団に入って目を閉じても、頭の中は仕事のことでいっぱいだった。

 

今週のノルマ、来月のプレゼン、そして何より、あのしつこい顧客の顔が、まるで走馬灯のように頭を駆け巡る。

 

「また朝か…」

 

小さく呟いた声は、静かな部屋に虚しく響いた。

時計の針は容赦なく進み、空は徐々に白み始めている。ああ、また今日も眠れないまま一日が始まる。田中は重い体を起こし、よれよれのパジャマを脱ぎ捨てた。

 

リビングへ向かうと、冷え切った空気が肌を刺した。

電気をつけると、眩しい光が目に飛び込んできた。

眠気と疲労で重い頭を振りながら、田中はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。

 

コーヒーの香りが部屋に広がり始めた頃、田中は昨日の営業資料をテーブルに広げた。数字が羅列された無機質な紙面を眺めていると、昨日の顧客とのやり取りが鮮明に蘇ってきた。

 

「いやぁ、田中さん。今回は見送らせてもらうよ」

 

あの慇懃無礼な笑顔と、冷たい言葉。

田中は奥歯を噛み締めた。ノルマ達成まであと僅かだったのに。

 

「一体、どこが悪かったんだ…」

 

資料を睨みつけながら、田中は独り言ちた。

顧客のニーズを丁寧にヒアリングしたはずだった。

提案資料も何度も練り直した。それでも、結果はいつも同じ。

 

気づくと窓の外はすっかり明るくなっていた。

 

鳥のさえずりが聞こえ、街は活動を始めようとしている。

田中は諦めたように資料を閉じ、ネクタイを手に取った。

 

「行かなきゃ…」

 

ため息混じりの言葉が漏れた。

今日もまた、眠れない頭で一日を乗り切らなければならない。

 

玄関で靴を履きながら、田中はふと、昨夜見た夢を思い出した。

 

夢の中で、田中は広大なオフィスビルの屋上に立っていた。

 

眼下には煌びやかな夜景が広がり、まるで自分が成功者の頂点にいるかのような錯覚を覚えた。しかし、次の瞬間、足元が崩れ落ち、暗い闇へと真っ逆さまに落ちていくのだった。

 

「…縁起でもない」

 

田中は首を振り、夢を振り払うように家を出た。

駅までの道を歩きながら、田中はぼんやりと考えた。

 

なぜ自分はこんなにも眠れないのだろうか。仕事のプレッシャー、将来への不安、それとも…

 

答えは出ないまま、電車が駅に滑り込んできた。

田中は人波に揉まれながら電車に乗り込んだ。

今日もまた、眠れない夜の続きが始まる。

 

電車の中で、田中は目を閉じた。

 

ほんの数分でもいいから、眠りたいと思った。

しかし、頭の中は相変わらず仕事のことでいっぱいだった。

 

「おはようございます!」

 

オフィスに着くと、同僚の明るい声が田中を迎えた。田中は作り笑いを浮かべながら、「おはよう」と返した。

 

今日も一日、眠れない頭で、営業の仕事をこなさなければならない。

田中は心の中で深くため息をついた。

今日もまた、眠れない夜が待っているのだろうか。