午前3時を回った頃だろうか。
今夜も眠れなかった。
いや、正確には眠りにつけなかった。
布団に入って目を閉じても、頭の中は仕事のことでいっぱいだった。
今週のノルマ、来月のプレゼン、そして何より、あのしつこい顧客の顔が、まるで走馬灯のように頭を駆け巡る。
「また朝か…」
小さく呟いた声は、静かな部屋に虚しく響いた。
時計の針は容赦なく進み、空は徐々に白み始めている。ああ、また今日も眠れないまま一日が始まる。田中は重い体を起こし、よれよれのパジャマを脱ぎ捨てた。
リビングへ向かうと、冷え切った空気が肌を刺した。
電気をつけると、眩しい光が目に飛び込んできた。
眠気と疲労で重い頭を振りながら、田中はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
コーヒーの香りが部屋に広がり始めた頃、田中は昨日の営業資料をテーブルに広げた。数字が羅列された無機質な紙面を眺めていると、昨日の顧客とのやり取りが鮮明に蘇ってきた。
「いやぁ、田中さん。今回は見送らせてもらうよ」
あの慇懃無礼な笑顔と、冷たい言葉。
田中は奥歯を噛み締めた。ノルマ達成まであと僅かだったのに。
「一体、どこが悪かったんだ…」
資料を睨みつけながら、田中は独り言ちた。
顧客のニーズを丁寧にヒアリングしたはずだった。
提案資料も何度も練り直した。それでも、結果はいつも同じ。
気づくと窓の外はすっかり明るくなっていた。
鳥のさえずりが聞こえ、街は活動を始めようとしている。
田中は諦めたように資料を閉じ、ネクタイを手に取った。
「行かなきゃ…」
ため息混じりの言葉が漏れた。
今日もまた、眠れない頭で一日を乗り切らなければならない。
玄関で靴を履きながら、田中はふと、昨夜見た夢を思い出した。
夢の中で、田中は広大なオフィスビルの屋上に立っていた。
眼下には煌びやかな夜景が広がり、まるで自分が成功者の頂点にいるかのような錯覚を覚えた。しかし、次の瞬間、足元が崩れ落ち、暗い闇へと真っ逆さまに落ちていくのだった。
「…縁起でもない」
田中は首を振り、夢を振り払うように家を出た。
駅までの道を歩きながら、田中はぼんやりと考えた。
なぜ自分はこんなにも眠れないのだろうか。仕事のプレッシャー、将来への不安、それとも…
答えは出ないまま、電車が駅に滑り込んできた。
田中は人波に揉まれながら電車に乗り込んだ。
今日もまた、眠れない夜の続きが始まる。
電車の中で、田中は目を閉じた。
ほんの数分でもいいから、眠りたいと思った。
しかし、頭の中は相変わらず仕事のことでいっぱいだった。
「おはようございます!」
オフィスに着くと、同僚の明るい声が田中を迎えた。田中は作り笑いを浮かべながら、「おはよう」と返した。
今日も一日、眠れない頭で、営業の仕事をこなさなければならない。
田中は心の中で深くため息をついた。
今日もまた、眠れない夜が待っているのだろうか。