N氏はいつも通りコーヒーを入れた。
コーヒーといってもインスタントコーヒーだ。彼のお気に入りは少し専門的なブラックコーヒー。とはいってもスーパーでブラックで飲めるインスタントコーヒーがこれしかなかっただけだ。
いつものように、ブログを書き始めると、程なくしてチャイムが鳴った。
「はい」
どなたですか、というのが何となく嫌で、いつもはい、しか言わない。
「いつもお世話になっています、S商事のKと申します」
彼は俺が取引している会社の人だった。しかし会社に自宅を紹介するほどの関係ではない。しかし取引先では無下に断るのもなんだか気が引けたので、対応する事にした。
「はい、なんでしょうか?」
家で丁寧な言葉はなんとなく好きではないので、通常モードで対応した。
「わたし共は、貴金属を取り扱いしている会社なのですが、今回はお客様に耳寄りな情報をお持ちしましたので、こうしてお伺いしました」
「そうですか、そういった会社なのは知っています。私も間接的に関わっている仕事ですから。そういったわけでお越しいただいたわけではないのですね?」
相手は少し面食らった様子だったが、表情には出さずに会話を続けた。
「そうですね、関係者とは知らずにご訪問させて頂きました。それではこういった貴金属の営業はご存知ですか?」
「貴金属の買取などで、直接に家に訪問するのは禁じられているのは知っています。業界の中では常識だと思うから、そういった類ではないのでですね?」
「もちろんでございます」
相手は少し動揺をした感じを出しながらも、笑顔で対応した。なんかどうも胡散臭い。
「私共はこの度、貴金属の高騰から、相場の投資信託というものを立ち上げたのでございます。金を実際に購入するのではなく、金相場に対して一定の金額を預けていただき、お客様の会員が増えれば増えるほど、上昇していく仕組みとなっております」
なんだか、きな臭い話がより濃くなってきたな。
「では会員が増えなければ、投資したお金は増えない、という事なのですか?」
「いえ、そうではありません。投資して頂いたお金は、金を購入するのに充てられます。そこで私どもは投資して頂いたお金を増やすわけでございます」
「そして会員が増えれば金が増える仕組みになっています。そして一ヶ月ごとに増えた金相場の配当をお客様に還元する、という仕組みでございます」
「なるほど、じゃあ100万円をだして購入した金が1gあたり13000円だったとして、約77gになる。1g14000円になったら、1gあたり千円分の金の金額が上がるから、その時購入した77gから1000円の上昇で、77000円が配当される、というわけですか?」
「その通りでございます。しかしもちろん私どもの手数料がございますので、その場合は実質69300円になってしまいますが」
「そうか、それでは配当利益の10%が持っていかれる、という事になるんですね?」
「そういう事でございます」
「じゃあもし13000円が12000円になってしまった場合はどうなるんですか?」
「その場合は配当金なし、というだけになります。そして手数料ももちろんかかりません。しかしお客様の金の価値は1g12000円になりますので、実質77gの金を持っていると仮定して924000円の価値しかなくなってしまいます」
「でも金は77gあると仮定するのですね?」
「そうです」
「ではその後14000円になった場合の差額はどうなるのですか?」
「その場合でも、配当金は100万円から計算しますので、支払いは69300円のままでございます」
「つまり投資した額からしか計算しない、という事ですね?」
「そういう事でございます」
「それじゃあ、69300円もらった後、その来月に15000円になった場合はどうなるのですか?」
「一度お支払いした時点で、お客様は1g14000円の金を購入したと仮定するので、実質は71.4gの金を保有している、と仮定されます。なので、次に支払いされるのは71400円から手数料を引いて、64260円になります」
「なんと、そうなるのか。毎月配当する代わりにその金額を購入した重さに変わってしまうのだな?」
「その通りでございます。しかしこちらはあくまでも一人でやっている場合でございます。これが複数になると話は変わってきます」
「今の話だと、人が増えても変わらない気がするけど、どういう事ですか?」
「わたしどもはある一定の経費の元に成り立っていますので、当社では毎月300万の経費があれば成り立つ仕組みでございます。なので、手数料は最大300万しかかからず、それ以上は会員様に全て還元される仕組みでございます」
「なるほど、人数が増えれば増えるほどだんだん手数料が安くなる、という仕組みか」
「いえ、そうではありません。手数料はそれまで通り徴収するのですが、還元される金額は抽選により全てを手にする事ができるようになっています。パソコンでランダムに抽選する仕組みになっておりまして、保有していると仮定した金の重さ分がその人の抽選回数になっております。なので、金の保有が多ければ多いほどその抽選が当たりやすくなる、という仕組みでございます」
「なるほど、という事はたくさん投資すればするほど、上がった時に配当金が増えて、さらにかかった経費以外は全て宝くじとして変わって、その買った枚数は金の保有グラムと同じになる、という計算で、それが毎月抽選される、という仕組みですね」
「そうです。ご理解が早くて嬉しいです」
「じゃあ、下がった場合の御社はどうなるのですか?」
「当社は経費を年間通して計算しておりますので、損をした月は売り上げがない、という仕組みでございます」