この季節になると
あちらこちらで花火が行われ
いろとりどりの閃光が夜空を彩り
その響きの強弱に賑わいと歓喜を連想します。
学生の頃は良き友と
淡き出会を期待しつつ出掛けたこともありましたが
そんな上手い話しもなく重い足取りの帰路でした。
西洋では古く領主や地主の
権力と力の誇示の象徴として利用され
今現在は新年やイベントで目にする程度のようです。
しかし
日本人においての花火は
いろんな謂われや情感が底流にあるように想えてきます。
本来、花火のルーツは、
江戸の昔に災害や飢饉、流行病で亡くなった者の達への
鎮魂であり弔いの意味で行われたのが始まりだそうです。
身内を亡くし初盆を迎える時、
その魂を鎮める弔い花火を上げる風習を
受け継ぐ地方や地域が今でもあるそうです。
これらの心意とその背景への想いを共に共有することで
明日に立ち向かう希望と苦難を笑える勇気をもたらす、
年に一度の心を切り替える句読点のように
花火に寄せる日本人の想いは至極当然に想えてきます。
しかし、その花火がどんな風にあなたに写るかは
”今日まで何を想い何を成し結実してきたか” により
その捉え方も移り変わって行くように想えます・・・?
若さゆえ無知で傲慢に己を前に出し
自身が成すことが常に正しと疑いもせず
社会から正当な評価を受けて当然のごとく思え
多くの関心の中で注目を集める心地よさに酔い
大空に大輪を咲かすスター的な3尺4尺玉を
己に置き換え斯くありたいと愚かにも思う・・・
まだ、何も知らず
まだ、何も見えておらず
まだ、何も己では成しておらず
まだ、何も伝えて導いてもおらず
その努力研鑽も継続もそこそこに、
自身の有能さを誇示し多くの人に影響を与え唸らせるような
大事を成す者でありたいと思うお調子者であり、
冷静な自己分析も出来ぬ未熟さも
己の力量も器も棚に上げていた若者達も
いつか時を重ね見送ればきっと・・・?
しかし、あなが欲すれば
体も精神も しなやかで柔らかさを失わず
求め知りたかったものへ近づけもし
なりたい自身に変われる可能性が生まれつづくのです・・・
散歩の途中に目に飛び込んできた
線香花火を持つ小さな手に添えられる母の想いと
それを見守る家族の微笑みには
明るい未来と希望を宿した時空が存在し、
どんなに優れた良書や
どんなにありがたい説法も
この線香花火の前では色褪せてしまうように想えます。
誰もがその迫力を認めるが
どこか力業に平伏され納得させられるが如くの
大輪の尺玉の花火ともまた異なる素晴らしさがあり
この光景を目にした私に現に、
幸せな気持ちをもたらし大切なものを示し
幸福な気持ちを伝播してくれるのでした・・・。
これからのあなたの人生時間を費やし
自身への探求と追求による精度と純度の
高まりを経てその実であり愛し守るものに
触れ接する幸せを実感できうる人になれるかも知れません・・・。
ヒューマンプロファイリング
ハートフルアドバイス
