自然科学や生物の進化、
自然界における摂理の中に、
真理や哲学を感じ思うとき
感動とHAPPYを感じることが多くあります。
立派な方の本や思想、教えに、
スゴイなとも思いますし
いろんな知識や経験にも学ぶ事が多いですが、
難しいものを難しいままではなく
日常の分かり言葉と表現を捉え伝える事の方が
豊かな知識や感性慈愛を求められ尊く思えて成りません、
自身の中にある気づきや興味の中にも
人生を変える出来事や出会いが多くあり
分かりやすく簡単なものの中に
身近な感覚感性としての味わいとすることも素晴らしく、
豊かな人生には必ず必要なものにも思われます、
気づかぬうちに、
自身の内観に答えを求め、
これを師と仰ぎ迷わず生きて行くならば
とても素晴らしく素敵な事だとも思っています。
いろんな見知らぬ不思議や
自身が惹かれ興味を持つ必然性に意味を見いだす
そんな生き方も人として素敵で素晴しいです、
先日、記事UPしたミジンコの
独特な生理生態やゲノムの解析結果にも
驚かされるし生き抜く知恵をも学び感じとれます。

自身が共鳴する人達が、
内なる己に敗れまいと立ち向かう姿を見るとき
胸にこみ上げるものを感じずにはいられません。
できるだけ自己満に陥らず
心で立つ邪魔にならぬよう気をつけ、
応援したくなってしまう気持ちが湧き上がってきます。
その理由もちゃんと自身で承知納得しているつもりです。
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最近言葉をかわすようになった
知人のなにげない文章のやり取りの中で、
明るく聡明で少しわがまま気味の
甘えん坊を連想させる人なのですが、
辛い経験もされており、
二十歳を少しまわった世代のその人の口から、
私の好きな言葉の一つに、
「常に明るさを失わず努力する人には、
神はちゃんと未来を準備してくれてます。」
稲森 和夫
私に、
自身の心のよりどころを書き示してくれ、
教えていただき本当にありがとうございました。
あの時の自身を見ているようでもあり、
わたしの「チャンスの神様」と
おなじ存在だったんですね・・・
きっと、その人は
この言葉を胸に「心のやりくり」を重ね、
明るく快活な笑顔をとりもどされたんだなぁ~と思うと、
とても素敵で魅力的な人として私には写り
応援したくなってしまいます。
そして私自身の心も弾むような感覚を覚えます。

私自身が実際に心揺さぶられたものを
ヒューマンプロファイリングで
アドバイスとしてお話しをするときがあり、
先日後輩のT君が相談に来たとき
彼に加え足すともっと素晴らしくなる
伝えたかった本質を示すこの「木鶏」を話し
後は、彼が何処まで昇華できるか彼に託しました。
私の中で大切にする
三羽の鳥のお話しとは、
・人として、
・人の上に立つ者リーダーとして、
その姿を感じ取ってもらいたく、
1,木鶏
2,水鳥の如く
3,野ガモ を相談者に合わせ話す機会があります。
順次、これ以降掲載を出来れば思っています。
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1、木鶏/もっけい
荘子の達生に記され表現されており、
木製のにわとりをさす意味で、
強さを外に表さない最強の闘鶏のたとえとしての使われ、
また、「木鶏に似たり」とも言いわれます、
真に強い闘鶏は動ぜず、まるで木で作られた鶏のように見える。
無心で対することが物事を処理し、
困難を乗り越える最良の道であるという意としても。
私なりの感じ受け止めで見ると、
身分の高い者の間で
高尚な趣味として当時「闘鶏」が流行っており、
良い資質を備えた軍鶏を手にした王は、
國一の闘鶏にしょうと
この軍鶏を強い闘鶏をつくる名人に託し成長をまった。
・預けて十日、かの鶏はもう闘えるかと王は名人を訪ねた、
「まだまだです、虚勢をはってばかりいます」
・更に十日たち、王が名人に問うと
「まだまだです、相手の動きに心を動かされてしまいます」
・更に十日後、再び王が尋ねると
名人は「もうよいでしょう」と言った。
今の王の軍鶏は、
まるで木鶏のようで、
どんな相手と対峙しても少しも乱れることなく、
この闘鶏と対すればどんな軍鶏も気力を失い
逃げ出して行きます。
と言った内容で
この物語から生まれたのが「木鶏」という言葉であり、
勝ち負け、トップに立リーダたる者の
在るべく姿をそこに重ね合わせるのであります。
あなたは、
この「木鶏」どのようにを感じ取りましたか?
それがあなたの
人生へのとりくみ対峙のありようなのです。
このお話を有名にしたのが、
子供の頃の事故で右目が見えず、
右手小指の動きも不自由だった、
昭和の大横綱双葉山のエピソードによるもので、
前人未踏の69連勝という大記録を打ち立てて
70連勝を目前に敗れ大騒ぎする周囲をよそに、
常と変わらず表情も変えず一礼し花道を引き揚げた、
「あの男は勝っても負けても全く変わらない」と周囲に言わしめ
親友でもあり師事していた陽明学者の安岡正篤の渡航中の船に
「イマダ モッケイタリエズ フタバ」の電信が届き、
(未だ木鶏たり得ず 双葉)
師は、その勝敗と双葉の人としての器を計り知ったと言う。
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