
表現物は、たとえそれが自分自身から発したものであっても、
そのもの自体の意思を持つ。
自分の手を離れるという感覚の元は、
こういう作用のせいなのではないかな。
その意思は外部に向かうようにできているようで、
そこには変化を求めるという意思も感じます。
変化を抑制しようとすると腐敗を起こしてしまう。
だから、手を離してあげて自由にしてあげると、
その表現物は何らかの変化とともに
いつの日か自分の手元に戻ってくるのだと思います。
変化してるぶん、それがわかりにくくなってるかも知れないけど。
そして循環の輪が完成する。