先日行われた衆議院選挙で、自民党が歴史的な圧勝をしました。報道によると、一つの政党で、総議員数の3分の2を超えたのは史上初のことだと言います。一言で言って、勝ちすぎだろうとは思うのですが、日本社会の特徴として、一つの方向に人々が押し流されていく現象は珍しいことではなく、ありがちなことと言えるでしょう。太平洋戦争時には、政治だけでなく経済、社会、文化ありとあらゆるものが、方向付けされていたのであり、1990年代のバブル景気の時も、日本列島、日本国民総出で、繁栄を謳歌していたのです。
これを、欧米諸国の政治と比較してみると、日本の政治の特殊性というものが際立ってきます。たとえば、フランスでは、議会で、左派が第一党、マクロン氏の与党が第二党、右派の国民連合が第三党となっており、議会分布が分散しています。イギリスでは、2024年の総選挙で、労働党が大勝しましたが、その後評判を落とし、最近の世論調査では、右派と中道右派、中道左派が支持を分け合っている状況が一年以上続いています。ヨーロッパ諸国を見ると一つの政党に国民の支持が集中することはなく、各政党に分散しているのが分かります。
もちろんヨーロッパの政治社会は、二大政党制で政権交代が定期的におき、日本より民主的である、などという昔の言説は通用しなくなりました。ヨーロッパ政治も経済社会の低迷とともに乱れているのです。しかし、日本の政治状況とは、だいぶ異なり、国民の政党支持は分散しています。これはなぜでしょうか。私の印象としては、西洋由来の政治イデオロギー、社会構造がまだ残っているからと言えます。資本主義対社会主義という対立項がまだ依然として機能しており、左派が政権取得可能な位置にいまだに存在しているということです。
日本の状況を見ると、左派の存在がほとんど消滅しかかっている点が、目を引きます。日本の左派を眺めてみると、共産党もごくごく微小勢力にとどまり、党勢は衰え、社民党に至っては獲得議席ゼロという状態です。これでは、ヨーロッパのような右派対左派という政治上の対立は生まれてきません。戦後一定期間、日本の左派有力政党だった日本社会党は、1990年代中盤に解党していますから、もう30年にもわたり、右派対左派という対立は、日本の政界には出てこない状況になっているのです。
以来、日本政界はオール与党化という情勢に少しづつ近づいていったと言えるのでしょう。
それに加えて、今回の選挙は、日本が欧米社会とは異なって独自に持っていた戦後民主主義勢力の退潮というものを印象づけるものでした。戦後発生した、戦後民主主義というものは、自民党主導の憲法改正、戦争のできる国造りという路線に対して、憲法改正反対、平和国家路線というものを掲げていたことに特徴がありました。問題は、戦後民主主義をまがりなりにも継承してきた野党路線の衰退です。立憲民主党は、公明党との合併に当たり、安全保障、原発政策などを与党自民党路線とたいして変わらないものにしました。
つまり、今回の選挙での中道改革連合の大敗は、戦後野党が脈々と継承してきた戦後民主主義、平和国家路線の終焉を意味するのでしょう。時代も変われば変わるものです。正直言って、自民党と中道改革連合の差はどこにあるのか明確なものはなくなりましたから、野党の存在意義じたいが希薄化する事態になっています。今回の選挙は、戦後民主主義の衰微した節目の選挙として、歴史の上では、とらえることができるでしょう。戦後民主主義もその名の通り、「戦後」のものなので、戦争が過去のものになるにつれて、廃れていくのは自然の流れかもしれません。
1990年代から続いていた日本のオール保守化というレジームが、今回の選挙で完成したというべきではないでしょうか。この傾向は、前回選挙で自民党が不振だった時も、保守の新興政党が躍進していたことからも、うかがえる現象でした。ベクトルが、オール保守化という方向を指し示していたことです。自民党が不振でも、連立政権を組むことによって、全体としての政治の流れは変わらないわけです。
今後の政界を予見するのは結構簡単で、旧立憲勢力を含めたオール保守化の流れは変わることはないのではないでしょうか。中道右派、右派による政治の独占という傾向です。たとえ自民党が敗北しても、伸びるのは中小の保守政党なのですから、流れ自体は変わらないのです。これが、有力な左派が存在しないヨーロッパ政治との相違点です。戦後政治の一種のタブーとなっていた憲法改正も現実味を帯びてきました。今回の選挙によって戦後民主主義=平和主義=護憲という旗印じたいが、かなり後退したことは否めません。
しかし、それでは、選挙自体が無意味化するという難点があります。何のための選挙なのでしょうか。オール与党化を後押しするために、わざわざ貴重な時間を使って投票所に足を運ぶのもあほらしいと言わなくてはなりません。政治をもっと実りあるものにするために、日本の野党は、戦後80年経過したという、時間の自然の流れに身をゆだねるのではなく、民意を自ら作り出すことに力を注ぐ必要があるのではないでしょうか。与党のアメリカ追随の安保政策を指をくわえて見ているだけでなく、もっと中立色、独自色のある外交重視の安保政策を推奨していくことで、民意を発掘していく必要があるのではないでしょうか。
実際、戦後民主主義派も、10年前のSIELDSの活動に見られたように、訴え方のよっては、若い世代への賛同者も出てくる可能性はあるわけです。自衛隊は既成事実化しましたが、「軍隊はあるけど独自の平和主義路線」というかっこうで、平和主義路線の灯を守っていくのが、現代日本の国際政治の課題と言えるのではないでしょうか。ウクライナ戦争、ガザの攻撃、イラン、ベネズエラへの軍事攻撃など、戦争がタブー化されない危険な国際社会になっています。国際社会の動きに合わせて思考停止的に軍備を拡充していくというのが現政権の路線です。それに対して敗戦国日本固有の政治文化とはなにか考える必要があり、野党は独自外交、平和外交に焦点をしぼりPRしていくべきでしょう。