こんばんはユマニテ会のゆにっちです。ニコニコ

すっかりブログ更新してませんでした。書きたいことは沢山あったのに、、、すみません。




いいわけではないのですが、時に聞いたことを言葉にすることが大変な作業なことがあるんです。

その時にちょっとモジモジあせる考えていたらすぐに時間が過ぎてしまって・・・(完璧いいわけですね)ガーン




まずは次回のユマニテ会のご案内から


日時:4月20日 金曜日

時間:19:10~20:40(開場18:50)

場所:新宿南口R3C会議室4F

会費:3000円


今回のメニューは

1、中国古典より「荘子」

2、哲学的小話・・ギリシア神話から、プロメテウス、パンドーラ、

オルペウスについて。


第20回の講師メッセージは

【何かを論ずるとき、自分にとって都合の良い論理と自分の願望に叶う結論とには、

特に警戒が必要だ。それは間違っていても気が付きにくい。】
です。

それに関する先生のコメントです。

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以前、武士道『葉隠聞書』で、こんなことを学びました。

私たちは、ものごとは深くかんがえれば、それで良い考えが出てくると思いがちだけれど、そうではない。

いくら深く考えても、根底に「わたくし」がある限り、ろくな考えは出てこない。

私心を捨てて考えるよう努力しよう。そうすれば、一本筋の通った良い考えが出てくる。

そういう考えには、人々もついてくる。




16世紀フランスのモラリスト、モンテーニュも、『エセー』の中で、

「私は自分にとって好都合な結論には特別警戒する」といっている。

そもそも、 人生修行も結局は、「わたくし」という意識を出来る限り捨てていくことではないだろうか。

それが天の心にかなうことではないだろうか。

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毎日、自分というものから離れられない自分、考えさせられる深いものがありました。




前回のユマニテ会からも一部ご紹介します。以前安岡活学塾でもお話があった話です。

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第19回ユマニテ会より 武を超越する義の話 荀巨伯(じゅんきょはく)のお話です。

紀元後5世紀の「世説新語」(せせつしんご)からの出典




荀巨伯が、明日をもしれない命の友人の見舞いにいった。




彼がやっと友人のところについた時、異民族の盗賊が村へ押し寄せてきた。


全ての村人は生きるために村を出て行ってしまった。




友人:君はどうか逃げてくれ。




荀巨伯:はるばるやっと会いにきて会えたのに、君を残して帰れというのか!




 義を損ないて以て生を行うあに荀巨伯のおこなうところならんや




そこへ賊が押し入ってきた。


賊:我々大軍がやってきて村の人はひとっこ一人いない。お前はいったいどういう男なのか。


荀巨伯:病気の友人を一人のこしてここを去ることはできない。

    むしろ我を殺して、友人を助けてやってくれ。




その言葉に盗賊達はショックを受ける。


義を知らぬ我々が、この有義の国をとっていいものであろうか。

いけない。そういって賊たちは去っていった。

そして村全体に平和が戻った。というお話




これは現代では通用しない。なぜなら不合理だからです。

明日をも知れぬ人の為に、自分の命を差し出す。




でもこれが男のプライドです。

無理してでもつっぱってかっこつける。これがオスの本質かもしれない。

この突っ張りが亡くなったら男は女に太刀打ちできない。




合理的な方法でつかもうとしたら、指の間からもれてしまうようなものが人生にはある。

そんな非合理的なことの中にもきらりと光る人生の真実があるのではないだろうか。

私はそれも大事にしたい。


またこの話は美談である。

このような美談を国家権力が宣伝して人民支配に使うのは噴飯ものである。




心というものは目に見えない。耳で聞こえない。


手でふれることもできないけれど

この世で最も確実なものだと私はおもっています。


私の信念です。

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ほかにもたくさんの深いお話がきけますよ。

ぜひみなさんも生で聞いてみて下さいね。

お待ちしております。


humanite@live.jp