みなさん8月に入りましたね。元気でお過ごしでしょうか。
夏も残り少なくなってきましたが、満喫して楽しくお過ごしくださいませ。(海に行きたいな~)![]()
ユマニテ会事務局のゆにっちです。
合宿の日程が決定しました!
なんと今夏は温泉ですよ~
参加者募集中です。
では早速ですが、前回のユマニテ会から一部内容をご紹介しますね。
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今回は「小ソクラテス派」の思想家で禁欲主義の思想家 ディオゲネスとその師であるアンティステネスです。
ソクラテスは「よくいきることが大切だ」といった。その弟子たちは、
あるものは、「よく生きる」を「快適に生きる」と解釈した(快楽主義)。
あるものは、「よく生きる」を「徳に従って生きる」と解釈した(禁欲主義)。
「禁欲主義」キュニコス派 アンティステネス ディオゲネス
今回のテキストのディオゲネスの文章は大変もうしわけないですが、私が大学生の時にレポートとしてかいたものです。ですが今読んでも間違いはないと思うので使います。小説風に作ってあります。
アレクサンドロス大王とのエピソードから始まります。
(一部抜粋します)
マケドニアのアレクサンドロス大王(前356-前323)、財産は全て人に分け与え、ただ「希望」だけを持って、ペルシャ大帝国征服に出発した。暴虐の限りをつくすのではなく、征服したら政治は現地の人にまかせた。部下をペルシア人女性と結婚させるなどの融合政策をとった。世界一国主義をめざした。その家庭教師は、ソクラテスの弟子プラトンの弟子アリストテレス。
あるときアレクサンドロス大王はディオゲネスに会いにいった。
自分の世界一の富と権力をもってすれば、いかに風変わりな哲学者といえども、何かしてあげられると思ったのである。そうしたら、「どうか日陰にならないで下さい」交わした会話はそれだけだった。
アレクサンドロス大王はこう言い残した「もし私がアレクサンドロスでなかったとしたら、ディオゲネスでありたかっただろうに」
ディオゲネスは持ち物といえば、住家としていた大きな樽とずだ袋と衣だけだった。そんな生活の中で、人間がよく生きるためには何が必要かとそれだけを考えていた。
富や権力は何の意味もなかった。善く生きるために必要なものと思われなかったし、
それらを追い求めるとむしろ人間はその中で自らを見失いそれらのものの奴隷となりはて、不自由な人生を送ることになる。と考えた。
紀元前4世紀(中国では荘子、孟子の頃)荘子はディオゲネスに似ている。乞食哲学者です。
この時代はアテネとスパルタが戦う 全ギリシャの力を使い果たしたペロポネソス戦役の後の乱世
彼らにとって哲学とは、よく生きるための知恵だった。
「私は哲学には向きません」という人に「ではなぜ君は生きるのだね。よく生きることに心を用いないのなら」とディオゲネスは言い返している。
「徳は幸福への道をそれだけで十分に保証しうるものである」とアンティステネスはいっている。
神にはすべてが備わっているから何も必要としない。
よく生きる人間すなわち神に近い人間は、自分自身が豊かであるから、
自分の外に多くのものを必要としないとディオゲネスは考え、
乞食生活も実は「徳の他には何もいらない」という彼の考えの実践に他ならなかった。
ここで「存在と所有」という西洋哲学において重要なキーワードについて考える
所有・・ものを持っている。自分から切り離すことができる。
存在・・自分自身がそうである。自分からきりはなすことができない。
西洋哲学の伝統では「人間が豊かである」ということは、ものをたくさん所有しているということを意味しない。
どれだけお金を持とうが家をもとうが、豊かだとはいわない。それは、自分から切り離すことができるからだ。すなわち、自分自身ではないからだ。自分が自分でないものを「所有」しているに過ぎない。
そうではなくて、 自分自身が精神的に豊かであること、徳のある人間であること、自分自身が立派であること、
いい人間になること、これが豊かさである。それは、自分から切り離すことができない「存在」である。
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彼らにおいて徳とは自由のことだった、
自由とはまさに自らに由るということにほかならなかった。
何ものにも束縛されない自分をうちたてること。
何ものにも束縛されないということから一歩進めば自由の持つ積極的な意味がでてくる。
世間一般の価値観に束縛されない。
このことは世間一般の価値観に従うのはよいが、その前に吟味せよということ。
「賢者は国家のもろもろの営みを行うに、既存の法習に則らず、徳の法に則る」とアンティステネスは考えた。
この考えは前回の快楽主義のアリスティッポスも同じようなことをいっている。(法律が全廃されても行動は変わらない)
また孔子も論語の中で、「七十にして心の欲するままに行うてのりを超えず」 といっている。
自分のしたいようにして、それでもなお人の道を外れなくなったといっている。
「宗教に対して彼らはそれが現実においてとる俗物性に痛烈な皮肉や批判をあびせた。
オルペウス教(当時はやっていた宗教)の司祭が、こういう秘儀を伝授された人はあの世では色々と善いことにあずかるでしょうといったら
アンティステネスは聞き返した「ではなぜあなたは死なないのですか」
またディオゲネスは祈願に関して、「人々が請い願うのは、彼らにとって善いと思われる物事であって、決して真実に善い物事ではない」と非難した。
ソクラテスは紀元前399年に死刑になった。青年に害を与える、国が認める神々を認めないという罪で。
しかしソクラテスは裁判において「私はだれよりも神を信じている」といっている。
彼がそういう根拠は、彼がいつも何を願っているか、いつもみんなの幸せを神に祈ってきたからではないだろうか。
ディオゲネスは「あなたのお国はどこですか」ときかれて「世界市民だ」と答えている。初のコスモポリタニズムの提唱者である。
ラッセルも世界主義者
死についての考え「どうして死がこわいものでありえよう、それが到来したあかつきにはそれを感ずることができないものが」エピクロスも同じようなことをいっている。
のちに古代ローマ時代には キュレネ派→エピクロス派 キュニコス派→ストア派 メガラ派→懐疑主義
と発展していく。ギリシャ哲学は基本ですから、しっかり勉強しましょう。
カント、ヘーゲルはもっともっとあとのこと。私が生きてるうちにそこまではいかないでしょうが。
ディオゲネスのエピソード
◇ディオゲネスは航海中海賊に捕えられてクレタ島に連れて行かれて奴隷として競売に付された。
その際にクセニアデスを指さして、「あの男に俺を売れ。彼には主人が必要だ」といった。
その後コリントスのクセニアデスの家で子供の家庭教師をしたり、一家の切り盛りをした。
その手腕たるや主人に「我が家に福の神がやってきた」といわれるほどであったという。
ディオゲネスは買主のクセニアデスに、たとえ私は奴隷であろうとも、哲学者の私に従わなければなりません。
それというのも、もし医者や船のかじ取りが奴隷であったなら、その人に従うだろうからといったという。
◇アイギナのオネスクリトスが
2人の息子のうちの一人を遊学させて、その息子がディオゲネスに弟子入りして帰ってこない。もう一人の息子を迎えにやったらその息子もかえってこない。
仕方がないので父親が迎えにいくと父まで弟子になってしまった。
◇なぜ人々は乞食には施しをするのに哲学者には施しをしないのかと問われたら
「彼らはいつか自分が乞食になることは予想しても、哲学者になることは決して予想しないからだろう」
◇下手な射手をみて「ここならあたるまい」と的のそばに腰をおろした。
◇子供を弟子入りさせたい親が「この子は生まれつき大変利口で性格もとてもよいのです」といったら「では私に何の用があるのです」といった。
アンティステネス(ディオゲネスの師)のエピソード
◇ある時たちの悪い連中とつきあっていることを非難されると「医者だって患者と一緒にいる。でもだからといって高熱を出すわけではない」といった。
この主体性 自分がきちっと確立している。これこそ私たちがもっとも学ぶべきところでしょう。
◇マントの破れが見えるようにくるっと回った。これをみてソクラテスが「君のマントの穴から見栄(名誉心)がちらちらする」
◇正しい人を近しい人より重んぜよ。
私たちは、よい家に住んで、素敵な服を着て、美味しいものを食べて、それで満足するかというとそうとは限らない。
人間の欲望にはきりがないから。だからどこかで満足することを知らねば、幸せにはなれない。
欲望を別の次元の違う質のものに転換させる ディオゲネスはそれができた人なのかもしれない。
中国の言葉にこんな言葉があります。
足るを知る=知足 これを私はもじって、「樽を知る」と言いたい。ディオゲネスの思想を知ると
現実はどうあれ、その気持ちを持つことが出来る。それが、私たちの生活の質に大きな違いを生じていく。
欲望の質を次元の違うものに転換していこうじゃないかというのが私の提案です。
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みなさんディオゲネスの世界を感じていただけましたでしょうか。
また快楽主義と禁欲主義どちらがお好みでしたでしょうか?
次回のユマニテ会もお楽しみに
参加者募集中です。
ご希望の方はhumanite@live.jp までご連絡お待ちしております。