神は強制的です | ブレインカウンセラー増田勝利『脳と心の情熱メッセージ』

ブレインカウンセラー増田勝利『脳と心の情熱メッセージ』

24年間3万人を超えるクライアントを、カウンセリング・セラピー・コーチングで成功に導いた、なりたい自分へむかわせるプロフェッショナルである ブレインカウンセラー 増田勝利 の『脳大成理論』が学べるブログです。

強制されるのが嫌だという人がいます。

 

あなたはどうですか?

 

制限されたり、強制されたりするのがいやだから、自由でいたいから起業するんだ。とか、旦那が束縛するから制限が多いからわたしらしくいられないんだ。とか、いろんな理由をもって現実に不満を感じていたり、またそういったものから解放された自分を想像して、そうなりたいと願っていたりと、様々でしょう。

 

でもですね、制限や強制そのものがいやだと思っているなら、あなたは本当の意味で生きている目的を見つけることはできない。

 

また、ココロの真ん中で、言葉にできない、とめどなく湧き上がってくる喜びを感じることもない。

 

やり切った!全力を出し切った!そんな幸せと充足感に包まれることもないでしょう。

 

 

だって、神さまがいたとして、神さまはわたし達にとっても強制的で、制限いっぱいです。

 

あなたは、時間が流れるのを許可しましたか?

あなたは、死を迎えることを相談されるでしょうか?

あなたは、今の自分の外見でいることを選択できたのでしょうか?

 

いいえ、すべて強制的です。

 

私たちには寿命があるように、肉体には限界があるように、私たちには制限があります。

 

それらは、きっと神さまが決めたものなのでしょう。

 

あなたがスポーツをやったことがあるなら、わかるはずです。

 

ルールという制限の中で、もてるベストを尽くすからスポーツは成立するのであって、

サッカーが、手で持って走ってもいい。何でもありだ。ってことだったら、観ていてもやっていても、何の楽しさもないでしょう。

 

スポーツなら審判がいて、ルールに反していないか絶対的な力をもって管理します。

 

そういう仕組みがあって成立しているのでしょう。

 

それらがなかったら何にも楽しくありません。

 

それと私たちの人生もきっとおんなじです。

 

 

強制や制限があるからこそ、やりがいがあるんです。

 

強制や制限をうけいれてこそ、生きがいを感じられるんです。

 

 

そんな視点で見つめ直してみるのもいいかもしれませんね。