【自分という軸を持つ事】
脳には、デフォルトモードネットワークという機能があり、何も意識していないぼーっとしている時にも脳は働いていて、デフォルトモードネットワークは、自己認識・見当識・それにまつわる記憶を担っています。
そのデフォルトモードネットワークは、脳が使うエネルギーの内、75%も消費しています。
つまり、自分は何もので、何をしていて、どこにいるのかを常に考えているのです。
上記が曖昧だと脳疲労につながります。
つまり、要約すると、『自分は何ものであるのか』が曖昧だと脳は疲れてしまうのです。
生き生きした人というのは、『自分は何ものであるのか』が明確な人であると言えます。そして、『自分は何ものであるのか』が明確であればあるほど、それを向上させるためにより良さを追求し始めるのです。
それを『生き甲斐』と呼びます。
これに、上手・下手や、儲かっている・儲かっていない、拡がっている・拡がっていない、売れている・売れていないなどの基準は脳は全く関係ありません。が、社会的に考えると、経済が伴っていないとその生き甲斐・やりがいを続ける事が出来ない、という事だけの話しです。
ですので、よほど経済力のある方でない限り、経済性が伴った『生き甲斐』でないと続けられません。
生き甲斐のある人生は、『脳を使い切る人生』と直結しています。
可能性を見出すとは、生き甲斐を見いだす事と同意語であると言っても過言ではありません。
得意なモノや誇れるモノを持っている人は、その事を軸に自分を認識しています。ですので、生き生きしているのです。
脳活性の向かう先は、自分を誇れる「強み」を持つ事が最初の到達点として定めるべきところなのかも知れません。