先日、この言葉の意味を元上司に聞かれた。
私は「学問のすゝめ」を2度読んだ事があるが、とっさのことだったので、要領を得ない回答をしてしまった。
「天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず。って言いますけど、現実には貧富の差があり、一生奴隷のように単純労働を続ける人もいれば、若くして富を手にする人もいる。この言葉だけを信じるのは危ないんですよ。」
記憶が曖昧だが、こんなことを言ったと思う。
もう一度、冷静になって、回答を考えてみたのでここに発信しよう。
「天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず」とは「人は皆、生まれた時は何も知らない状態で産まれてくる。」この事を言っているのではないかと考える。
そして、注意してほしいのが、「人」と「人間」は違うということだ。
もし、人が生まれた時、人里離れた山に捨てられ、生き延びられたとしよう。
もはやそれは人間ではない。人という動物である。
お金という概念も分からず、目の前に食べ物があれば獲って食べ、身を守るためには物理的な力に頼る。
しかし人間は違う。「取引」という行為ができ、意思疎通ができ、計算し、物理ではなく論理という力を持っている。
なぜだろう?
答えは、教育であり、勉強である。
人間になるためには最低限のことを学ばなければならないし、人間として力をつけるためには知ることを恐れてはいけない。貪欲に知識をつけていかなければならない。
私は、「人生とは知ることではないのか?」と考えている。
福沢諭吉は「人間になり、人間としての力を得るために、学び体験しなさい」と言っているのではないかと考える。
ユダヤの教えにも通じるところがあり、
「無知が支配するところでは英知はなんの役にもたたない」
「学校のないところに人は住めない」
この辺はまさしく真理であると考える。
朝っぱらから思想を書いてみた。
今日も一日頑張るか…
私は文章力が低いもので、散文申し訳ない。
