ほぼ丸1年が非対面授業になるとは・・・

 

 たった3週間分の対面授業を実施しただけで1年生の授業が終わってしまいました。つまり年間30週(回)のうちの27週(27回)の授業は、一部の授業を除きインターネット等を活用した非対面授業だったわけです。なぜ、遠隔授業という言葉を使わず「非対面授業」と言うか。それは、大学にいるのにも拘わらず先生とは向き合って授業を受けられない教室分散型授業や、通信教育のような課題を提出することで授業を実施したことにする課題提出型授業などの様々な形態の授業があったからです。しかも、インターネットを活用した授業というと聞こえは良いですが、その方法は様々です。本学はZoomを使いそこにTeamsやGlexaといったプラットフォームを併用して実施していた先生もいました。まさに・・・

 

 “規格乱立状態”

 

 このような「規格乱立状態」の中、高校とは学びの仕組みや学びそのもにに対する考え方が異なる大学生(短大生)になった学生は、毎日が「?????」の繰り返し、中には早期に退学していった学生もいました。「学ぶ意味を見いだせない」「学び方が分からない」「どうやって成績を付けているのかがわからない」「どうして全部出席しているのに不可なの」等々、様々な疑問や質問が渦を巻き、学生の気持ちが大学から遠くへ連れ去さられようとしている中、秋学期(後期)の成績が確定する時期を迎えました。本学(短大部のみ)には「再試験制度」があり、一発で「不可」になることはありません。しかし、成績発表のあとに実施される再試験はすぐに実施される日程のため、学生の中には「何が原因で再試験となったのか」が分からずに再試験を受験あるいは再試験課題を提出したという学生も少なくありません。そのような学生の一人に、Aさんという学生がいます。今回のブログはこのAさんとのやり取りの中で私が感じたことをお話ししましょう。

 

「なんで再試験の課題をあんなに出したのに落ちるんですか」

 Aさんから届いたLINEはこのような唐突な話で始まりました。Aさんはおそらく再試験のことを高校で言えば追試が有料になったくらいの捉え方をしていたのでしょう。(出せばOK、受ければOKくらいの感覚) しかも、休まずに出席もしているのにそれを認めてもくれないのかとも聞いてきました。

 

「大学では出席点や、減点という成績の根拠はないのですよ。あくまでも学修成果が客観的に認められるか否かで判断しているのです。」

 

と説明すると、とても驚いた様子でした。「それじゃ、休んでいてもテストの点数(定期テストのような単位認定の為のテストではなく、小テストのような積み上げ方のテスト)さえ良ければ受かる(単位が認定される)ということですか」と返信してきました。私は、「一定のライン(到達目標)に達しているという状態が合格点、つまり単位認定ということです。もし、達していな内容や原因が不明なのであれば、それは学生として科目担当の教員に明らかにしてもらうのが鉄則です!」 すると、学生は「直接連絡の取れない先生ばかりで、問い合わせをしても返答がなく、そのまま再試験を迎えました!」とのことでした。これはまずいと判断した私は、すぐに研究室で詳しい話が聞きたいとお願いして、大学まで足を運んでもらいました。もちろん、往復で1,000円以上の交通費をかけて来てもらうわけです。ただ愚痴を吐いて返すために呼んだわけではありません。Aさんにはもう一人Bさんもついてきまいた。やはり状況は同じようです。担当教員と再試験の前に直接連絡が取り合えなかったということだったのです。

 

またしてもコミュニケーション不全が原因

 

 こうして研究室での話が始まりました。

 

「酷くないですか~、だって何回も指定された方法で連絡を入れて、それでも返答がないんですよ~」

 

 そこで教務課にも相談して連絡を取ってもらったけれど、結局は何が原因で再試験だったのかがわからず、先生が指定しているレジュメはどこにあるのか(実際は授業中に提示されたらしいのですが、アーカイブになっているかどうかは不明)もわからずに再試験になってしまった科目があったこと、本試験と同じ問題だったが答案が返却されず正答も示されていないのでどこが間違っているのかが分からないままだった科目があることも判明、それらの科目は残念ながら再履修が確定しました。

 「関係すると思われる先生や職員の方に相談しましたが、結局は見て見ない振りなんですね。お金払って(再試験料)大損をした気分です。これなら受験しないで再履修の方がよかったです。」と、Bさんは涙目で話してくれました。

 

 さて、みなさん! 実際には2時間以上かけてAさんとBさんから聴き取った内容をコンパクトにまとめましたが、どうお感じになったでしょうか。多くの学生が単位を修得している中、これらの学生は頑張りが足りなかったのでしょうか。あるいは、学生からの質問に迅速に対応しなかった教員に問題があるのでしょうか。それとも、私のような教員は甘いのでしょうか。(確かに、スイーツは大好き!) 文字起こしのために本人達には音源を公開しないこと条件に録音も取らせてもらいました。正確な筆致にしたかったからです。学生がその科目を受講し始める時に、すでに学修のレディネス(準備性)は異なっています。それが顕著なのはピアノの授業でしょう。小さな頃から習ってきた学生と大学に入ってから初めてピアノに触れる学生との間には大きなレディネスの差があります。

 

旅行だったら金返せ~

 

 旅に例えるなら、授業料は包括旅行代金と同じです。その内訳は明らかにされていない代金です。パック旅行なのです。そのパック旅行トラブルが発生しました。重大なトラブルです。海外旅行なら渡航先から帰国できなくなりそうなトラブルです。でも、旅行業者も日本大使館も、「あ~、それは自己責任だから自分でなんとかしなさい。費用も自己負担でお願いします。幸運を祈ります。」みたいな感じでしょうか。初めての海外旅行だったらどうでしょう。添乗員さんがいれば心強いですが、いなければ全部自分で処理しなければなりません。

 これと同じような事が今年は起きていると思ってください。旅行は商品です。それだけの価値があると思うから代金を払うのです。しかし、旅行の途中でトラブルが発生しました。発生した瞬間に、旅行業者は不誠実になり楽しい旅行は台無し、相談窓口もハッキリしない。もう、こんな旅行業者だったら二度と使わないですよね。しかもそんな旅行先にも行きたくなくなりますよね。でも、学生はもう一度同じ旅行業者で同じ旅先へ行かなければならないのです。しかも、前回のトラブルの原因は、ナントかなりの時間が経過してから聴かされるのです。

 

お互いの不幸 質問力の不足と授業改善の欠如

 

 私から見ると、この一連の出来事は、質問力に欠ける学生と、授業改善の努力が見られない教員という二つの問題が重なり合っている状況に見えて仕方ないのです。お互いが不幸な状況になっている、そう見えるのです。

 ビートボクサーのAFRAさんが言っていた言葉に

 

 「与えるんじゃなくて、引き出すことがその人の持ち味を活かせる」

 

というフレーズがあります。(2/27公開の動画に出てきます) このことをアクティブラーニングなんていう調子の良い響きに聞こえる言い方で置き替えたくありません。今も昔も、児童、生徒、学生を伸ばす(=育てる)という側面と、教える(=ある程度の強制力をもって与える)という側面は表裏一体であり、一流の先生はこの両面をその都度卓球のラケットのように使い分けながら、人間的成長に結びつくような授業をしてきました。私がいつも学生に「その授業の内容よりも、その先生の授業に対する考え方を学びなさい=何を学ぶかよりも、誰に学ぶかを重視せよ」ということを、今回の件でAさんBさんは体感したようです。この二人は、決してサボっていたのではないのです。先生が伝えようとしていた内容を適切な時期に理解する機会を得られなかった結果、その先生に対する信頼感を失ってしまったところに最大の問題があるのです。これは学生と教員の双方に悪影響を及ぼし、結果として弱者である学生が「再履修」という結果になったのです。

 酷い話しだとお感じになったでしょうか。でも、このような話は私にだってあるのです。それを学生から言いやすい状況をいつでもつくっておくこと、そして、自分はこの授業という商品(正確には研究も含まれますが)で報酬を頂いているのだということを、忘れてはならないのです。旅先でいくら美味しい料理を出しても、従業員の方の対応が粗雑だったら、いくら老舗旅館と言えども興ざめしますよね。私たちが置かれている大学も同じです。いくら綺麗な校舎、素晴らしい施設・設備を用意しても、それを使うのは人間。そこで行われる活動は、人間の営みなのです。教育という営みが、「教え」「育てること」である以上、これはどんな時代だろうと、環境だろうと変わらない、永遠の課題だと私は思っています。

 

 「私なら、今日の授業にいくら払ってもいいと感じるだろうか」

 

 そう自問しながら、今年度の授業アーカイブ(Zoom録画)を振り返っています。・・・にしても、よく1年間、専門知識も無いのにラジオ番組みたいな授業でやってこれたなぁと、思っています。これって、壮大なごっこ遊びと同じなのか、キッザニアのラジオ番組版なのでは、と少々自戒しながらAさんBさんとの話を終えました。

 AさんとBさんには、成績に対する根拠の開示請求や不服申し立ての方法をお知らせしました。一番良くないのは、根拠を納得せずに、どうせそんなもんさと放り投げてしまうことです。再履修になったのには、必ず何らかの理由があるはずです。もしかすると単純な数値の処理間違いということもあり得なくはないのですが、授業改善の気持ちをおもちの先生なら、それらの請求や申し立てが仮にあった場合でも、真摯に対応してくださることと思います。

 

 高校3年生のままの大学生よ!

 生徒指導みたいな授業の呪縛から早く解かれてくれ

 大学は本当はそんなところじゃぁないんだ

 

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