繰り返す、悲しみ
人間関係は、連鎖する。この連鎖を断ち切れるほど、強い人間は、いるのだろうか。悲しみは、繰り返されるものなのか。ある上司と、部下の話。部下が、理不尽さの中で、黙っている。上司は、この部下に、罪がないことを知っている。罪を背負わされ、部下が罰せられたことを、知っている。しかし、上司は、会社の方針に、背くわけには行かない。だから、部下の見方をするわけにもいかない。そして、同情の言葉もかけずにいる。部下は、少なくともこの上司には、自分が悪くないことを、わかって欲しいと思っている。上の人間が悪いんだ、お前が悪くないんだとは、上司の立場で、言うわけにはいかない。上司は遠くを見つめ、まるで独り言のように、話し始める。あれは俺が、あるエリアの支店長をしていた頃。その時、支店のカネを使い込んだ奴がいた。前任の支店長は、それを黙認していた。知っていたにもかかわらず。俺は支店長として赴任し、その不正に気が付いた。そして、問題を公にした。すると、俺は支店長として責任を問われ、罰せられた。一方、不正を黙認していた前任者は、今では役員にまで、出世している。部下は、その上司の顔を見ると、遠くを見つめながら、誰に向けて言うわけでもなく、言う。理不尽なことなど、い~っぱい、あった。しかし部下には、それを誰に向けて言っているのか、ちゃんとわかっていた。部下は、上司に向かって礼を言うが、上司はそれに対して、返事をしない。苦しいのは、お前だけじゃない。見方によれば、それは慰めであるが、しかし見方を変えれば、俺も苦しんだのだから、お前も苦しんで当然、そんな気持ちがないとは言えない。次の世代には、同じ苦しみをさせたくない、そんな発想は、この社会で長い年月生きていると、持ち続けることが出来なくなるのかも知れない。一方、この部下は、いつか人の上に立ったとき、次の世代に対して、どんな発想で、接するのだろうか。悲しみ、苦しみを、経験する者として。