私小説? 『ヒューマン失格』 by ダサイ・オザム

私小説? 『ヒューマン失格』 by ダサイ・オザム

アラフォー・無職・親友ゼロ。どん底な男の苦悩と葛藤を綴る私小説系blog フィクションかどうかはアナタ次第。

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昼前にようやく目が覚める。

朝方、OLのK子を送り出した後
二度寝する習慣がもう身に染み付いている。

用意されていたポテトサラダを食い
パソコンの前に座ってぼ~~っとする。

もうこんな生活が3年・・・
いや4,5年続いているような気がする。
正直、時間の感覚もすでに無い。
浦島太郎の竜宮城だ。
週の半分は愛人宅でタダ飯を食わせてもらう生活は
まるで自分がペットの座敷犬のようだと感じる。

仕事も無けりゃ、友人もいない。

そもそも自分は社交性が全く無いし、
対人恐怖症は40年も生きてるのに治る気配さえない。

・・・・・・40年?

もうそんなに時間が経ったのか。

何一つ、モノにならなかった。

しかも、その事実にさえ悔しさも憤りも感じない。

何もできない虫けら同然の自分自身に対して
湧き上がってくる感情が何一つ無いのだ。

もう

人生に疲れた

って事なんだろうか・・・・・・。


幸い、K子という自分と波長の合う女性に巡り合えた事は唯一の救いだ。
彼女以前にも以降にも、自分と波長の会う人間には出会えていない。

そしてK子も、自分と同じようなことを言っている。
「自分と波長の合う人間は他に会った事がない」と。

割れ鍋に綴じ蓋・・・・・・

うまく出会えたもんだなぁと思う。

お互いに社交性など持ち合わせていないから
一生のうちに出会える隣人の数もタカが知れている。
しかもお互いに、知り合いはいても友達はいない。
ようするに他人と繋がる方法を知らないのだ。


我々にとっては、お互いの存在が救いではあっても
世間的には、「OL」と「無職中年」の不倫でしかない。
これはもう、損得の話ではないし、当人同士にしか理解できない事だ。
メリット・デメリットで人が人を選ぶ・・・
それだけで生きられたら人生はどんなに楽だろうか。



さて・・・・・・

今日は家族の待っている自宅に戻るか・・・。

4日ぶりぐらいだろうか。




人生には過ちは付き物だ。

間違いを犯さない人間など存在しない。

正しい選択だけで生きられるはずはないし

そもそも人生の選択肢において「正誤」の判定などできるはずも無い。

ただ唯一の指針は

「自分に正直に生きるべきか否か」の決断のみ。

それ以外に道しるべなど無い。



妻とはもう随分、会話らしい会話をしていない。
仲が悪いというわけではない。
ただ、お互いに「コミュニケーション能力」が著しく低いのだ。

今になって冷静に考えてみると
コミュニケーションの無さは、出会った当時からだった。
考えが甘かった。
人生とはこんなもんだろうと思った。
うまくやっていけると思った。
そろそろ結婚すべきだと思った。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
しかし何故?
何を根拠にそんな風に思ってしまったんだろうか。

焦りがそうさせたのか・・・・・・

それとも、人生経験の無さゆえの過ちなのか・・・

いや、そうじゃない。

結局、本当のところは孤独に耐えられなかっただけなんだろう。

独りで生きていけるほど強くなかっただけなんだ。
自分も、そして妻も。
ただそれだけのことなんだ。


人生はやり直せない。


未だに正しい決断など見えてこない。