こんにちは。


1ヶ月ぶりの記事です。


五月五日はゴールデンウィーク後半のなかびです。


外国に行ったり、帰省したり、またボランテアに行った

方もいるでしょう。



出会いと別れ、泣いたり笑ったり、それぞれ戻れない

大切な1日を過ごしていることと思います。



今日の記事は前回のつづきではなく関連した記事です。


前回のつづきは別の機会にします。




1週間ほど前の事、普段私はNHKの放送は午後

7時からのニュースと、それに続くクローズアップ現代しか

特別の理由が無いのですがほとんど見ません。


その日は午後7時30分からドラマを放送していました。


番組の内容はこちらです。(NHKのサイトです。)


http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=605&date=2013-04-29&ch=21&eid=36745


リンク切れになる可能性があるので番組の詳細を表示します。


放送日時

チャンネル[総合]
2013年4月29日(月) 午後7:30~午後8:45(75分
)

番組内容

「復興のため、未来のため、伝えたいことがある」これは被災地・宮城県女川町に実在する「女川さいがいFM」を題材にしたドラマ。被災地に生きる女子高生らの青春群像。


詳細

東日本大震災の被災地・宮城県女川町。ここに、震災の1か月後に地元の人たちの手で作られた「女川さいがいFM」がある。番組は、このラジオ局に集まった高校生など若いスタッフと地元の人々をモデルにしたドラマ。原作となったのは、「女川さいがいFM」にアナウンサーとして参加した女子高生のブログ。被災地・女川で「ブログ」と「ラジオ」を通じ、自分自身を取り戻していく女子高生と仲間たちの物語。脚本は、一色伸幸。


出演者ほか

【出演】刈谷友衣子,豊原功補,西田尚美,リリー・フランキー,吉田栄作,安藤サクラ,新井浩文



この女川町の映像を見て私は驚きました。


何もない.....






ここ女川町の芸能界の出身者はと言えば

歌手の中村雅俊 さんですネ。


女川町の場所はどこ?



『宮城県の松島の近くだよ。』と説明されると

たいがい分かると思います。





私は学生のころ宮城県仙台市内に住んでいた事があります。




仙台市内の方に「東北薬科大学はどこですか?」

と尋ねれば有名なので教えてくれるでしょう。



当時、寮と言うか、寄宿舎と言うかそんなとこいた。

東北出身がほとんどだったと思う。



同じ部屋の中にこの女川町出身の友人がいた。


最初の夏休みに彼が「休みはどうするの?」言った

ので私は「田舎に帰るだけ」と言ったら彼は

「じゃおれの田舎に遊びに来いよと言った。」

東京出身のもう1人の友人と共に行く事になった。



彼の家は女川町の港から歩いて5分位の所に有り

隣家が近い密集したところの二階建てだった。



彼のお母さんはごくごく普通の方で肝っ玉母さん

というよりスーパーで働くおばさん。そんな感じでした。


突然の訪問にもかかわらず良くしていただきました。


翌日3人で港から船で金華山に行き遊んだことを

思い出します。




私は就職指導で先生から半ば強制的に東京の会社に

行く様に言われ彼は仙台に残った。




このドラマがNHKのインターネットオンデマンド放送に

もしかしたら登録されて有るかと思い検索したがあり

ませんでした。


ドラマの主人公が書いたブログが200万人に読まれた

こともすごいと思います。



放送の最後近くに主人公の女子高生が仮設住宅の玄

関ドアを開けた時、冷蔵庫を開けたまま多分ヨーグルト

かアイスクリームを食べていた父親を見て泣き出す

シーンはとても印象的でした。



震災被災地と受け入れる側ではそもそも原点が違う。

お互いが歩み寄るしか解決の道はないと思う。


私たち一人一人が数万の魂の代弁者にならなければ


いったい誰が『悲しむと言うくさりを断ち切れ!』と言う

のだろうか。



わたしの女川町の知人と家族はどこにいるのか分からない。