ふるすいんぐ・ふるしょっと!! -37ページ目








僕らの日常は「錯覚」に溢れている。




中でも僕なんかは錯覚が服を着て歩いているような人間だ。ぷりちーな子に微笑まれればスグその気になるし、世辞でも褒められれば豚を押しのけてでも木に登る。それは錯覚じゃなく勘違いだろ・・と言ったそこのキミ、あとで裏に来なさい。




そもそも人間の脳ってね、「見たいモノを見る」し「感じたいモノを感じる」ように設定されてるの。自分の価値観がGOサインを出してしまえば、ある程度の違和感やリスクは補正もするし美化もする。見たくないモノや見なくていいモノはたとえ意識を集中していたって見えないようにできている。いや集中すればこそ〝見えなくなる〟と言ったほうが正しいだろうね。




ひとつ実験をしてみよう。




これは脳が日常的に起こす錯覚を科学実験で検証するために作成された動画。ゴルフを含めたスポーツにおいても視野の広さが問われる面白い実験と思われる。一発勝負の実験なので集中して頂きたい。




【実 験】
動画では白いシャツを着た女性グループと黒いシャツを着た女性グループが交差しながらバスケットボールをパスしあっています。
白いシャツの女性のグループが何回パスをしたか数えてみてください。可能であれば女性グループがパスを終え画面から掃けた時点で動画を停止して下さい。






最後の英文まで読んでしまわれた方は解ったかもしれないが、何回パスをしたか数えられただろうか?答えは16回。ココまではほとんどの方が数えられたであろう。では、動画の最中に右側からゴリラが登場したのには気づいたであろうか?ふふふ・・僕もなんとか気づけましたよ。




と、自分の視野の広さを喜んでいたら、この動画内にはもうひとつの変化があった。背後のカーテンの色が赤から黄へと変わったのに気づいたか?ということだ。ちなみに僕はまったく気づかなかった。パスカウントに集中するあまり、脳が不必要な情報を遮断した結果である。ましてや皆さんに至っては僕のマエフリで、〝ゴルフにおける視野の広さが問われる〟などと付加をかけられると余計に「数えてやろう」という意識が働き見えにくくなったのではなかろうか?初見でカーテンの変化にまで気づいた方は間違いなくニュータイプの部類だ。




凡人の僕はこう考えよう。




十代の小娘が初めての恋愛で恋い焦がれるあまり、彼氏の理想に少しでも近づこうと整形を決意するも、親に泣きながら「もっと自分を大切にしなさい」と説得されるぐらい・・、周囲が見えなくてもいいじゃない。四十を過ぎたTKさんが自分の調子の良さに悦に入り、シリアスな顔でパッティングラインを読みまくっていたものの、一日中社会の窓が全開だったことに気づかなくたっていいじゃない。




カーテンの色の変化に気づいたからといって僕のゴルフに一体何の影響があるというのさ。僕は見たいモノだけを見て、感じたいモノだけを感じられればそれでイイ。現実をパーフェクトに受け止めればイイってもんじゃないよ。脳ミソも精神も破綻しちゃうからね。鈍感(錯覚)とは「脳の働き」によるもので、〝僕の窓〟の風通しが良かったのは、神様が与えてくれた偉大な遮断能力なのさ。




どーだろう・・




ここまで清々しいほどに開き直れると、むしろ潔さを通り越して高貴な気品すら漂いはしないだろうか。そして巷のゴルフ場では〝風通しの良いゴルファー〟が溢れかえるのではないだろうか。







ところで・・




前記事で気づかなかった(見えなかった)んですけど、アン・ソンジュさんの後ろの方、この前ツアー中継を観てて昔と今でかなり雰囲気がお変わりになられた気がするのは僕の錯覚ですか?






僕らの日常は「錯覚」に溢れている。