思い出の上書き | ふるすいんぐ・ふるしょっと!!




人間の脳とは万物の最高傑作だ。




僕の都合も聞かずにあらゆるデータを適度に記憶し、適度に上書きしちゃってくれるんだから。脳使用率10%なんてのは過去の神秘説で、現代医学ではほぼ100%に近い使用率と解釈されている。要するに脳のデータバンクには「限り」があるということで、僕らの記憶から新加勢大周が薄れつつあるのは、容量からくる必要性の分別がもたらした当然の上書き結果なのだ。




あれから4年。




僕は薄れる記憶を恥じてはいない。記憶や感情を保存し続けるのは非常に困難なことだ。ローラに敬語を教えるのと同等なほどに困難だ。嬉しいことも楽しいことも悲しいことも辛いことも、ときには受けた恩義でさえも経年という時間的歩みの中で上書きを繰り返していく。熱さや美味さが喉元を過ぎ去ると忘れるように僕らはできている。悲しみに捕らわれすぎないように、悦びが日々新鮮であるように。 




今月21・22日は千葉に赴く。目的は2つ。ひとつはあぶ姉に会いにいくこと。もうひとつは彼女も楽しみにしていたTK杯(TK4)幹事会の打ち上げラウンドに参加すること。僕にとっては追悼ラウンドの意味合いもあるけれど、なればこそ天国にいる彼女が地団駄踏みながら歯ぎしりするほどに楽しんでやろうと思っている。




思い出の上書き。




脳が最高傑作たる理由のひとつに「メモリー機能」がある。上書きはされるが削除にはならない、という素晴らしくも厄介なシロモノだ。学習能力(トラウマ)もここからくると考えれば記憶には個人差がある。そして僕の脳はヘッポコであるが故に、“忘れる”ということを驚くほどに厭わない。僕がいつ何時でも彼女の勇姿と笑顔を思い出せるように、仲間の記憶に預けている思い出の引き出しを開けに行こうと思う。





すると彼女なら決まってこう言うだろう、あのちょっと舌っ足らずなチャーミングな声で・・





あんたね・・

皆にあたしの思い出預けてるなら、利息払いなさいよ。