1年が1年じゃなくなる日々 | ふるすいんぐ・ふるしょっと!!

「時間」、とは年々少なくなっていくらしい・・。

僕が思っていた、時間とは円環にして無限の時を刻み、その流れは普遍的で万物に平等なもの・・





・・どうやらそうではないらしいのだ。





「歳をとると時間が過ぎるのが早いわ」(61歳:主婦/談)





「歳をとると?」・・そんな馬鹿な・・。

こんな摩訶不思議な難問に、コジツケという名の解答を貼り付けるのは大好きである。





むかし、『TVは叩いて治る』という法則(理屈)を考えすぎて、妻からは失笑のエールを頂戴した。

夜な夜な悩んだ結果、叩いて治るTVは〝壊れてる〟というのが僕の見解であった。





話しが逸れた。





たしかに思い起こせば、僕が小学生の頃の「1年」は異様に長かったような気もしないでもない。中学、高校と進むにつれ、「1年」という歳月は確実に加速し、今では完全に脳が置いてけぼりを喰って、肉体だけが時間に抗うことなく老朽の一途を驀進している。





なぜだ・・?





僕なりの考えでは・・、

〝人間は1年というサイズを、それまで生きて来たトータル時間を基準にして捉えるから〟ではないだろうか?





今年息子が7歳になるが、7歳の子にとっての1年は、7年間生きてきた中の1年、つまり人生の7分の1の長さの感覚であり、60歳の人にとっての1年は、60年間生きてきた中の1年であるから人生の60分の1の感覚でしかない。





だから60歳の人が小さい頃の1年は長かったと感じるのは至極当然のことなのではなかろうか。
その計算でいくと息子(7歳の子)の1年は、なんと僕(39歳の人)のおよそ5年7ヶ月分に相当することになる。





そう考えれば年々月日の経過が早く感じるようになることも腑に落ちる。いや無理矢理落とす。
今後年を重ねるにつれて1年の長さの感覚はますます短くなっていく。1年ごとに基準となる分母の値が増えるからだ。





ひょんなことから焦りが生まれる。





僕に残されし〝ゴルフ人生〟はそんなに長くはないのではなかろうか・・???

病室から見えるあの木の葉が全て落ちると、僕のゴルフ人生は・・・・。






妻に相談してみる( ̄ー☆






「どうやらこれから先の僕の1年は日々短くなるらしいよ。週末ゴルフに行っても・・」






「私の1年も短くなるのよね?どうやら奥さんはアウトレットに行きたいらしいよ♪」






・・・・・。






どうやら週末は家族サービスらしいよ・・o(TωT )