なかなかup出来ずにいた原稿がまとまった気がするのでupします
この介護の仕事を続けられている・続けている理由について綴ろうかなと思います。
一言で言えば父方の祖母に対しての未練ですが、だいぶさかのぼることになります。
大学を卒業して働き始めたばかりの年に祖母の法事があり、田舎に親族が集結した訳ですが、飲みの席でそれぞれの思い出を語り合った時に温度差を感じたんですよ。
二十歳以上で祖母と接してきた親族の話には祖母の人間性という部分が多く含まれていて、『女性として』の部分は特に印象的でした。
僕の知らない祖母の一面であり、羨ましさだけではない『ある感情』が膨らみました。
後悔の念です。
僕は中1の中頃に母を亡くしており、心配した祖母が田舎から駆けつけてくれて半年近く同居してたんですよ。
半年近く。
半年近く同居してた筈なのに、僕の記憶に残ってる祖母は鬱陶しい存在というだけで、どういう人か?だなんて知ろうともしませんでした。
更には、
時がたち、僕は田舎からさほど遠くない大学に通ってたんですよ。
5年も
祖母と話そうと思えば幾らでも話せる機会はありました。
でもしなかった。
いつかは居なくなってしまう人という認識が低かったからではなく、
人間として僕が幼すぎました。
恥ずかしながら、尊厳というものを意識し始めたのはこの仕事に就いてからで、尊厳というものが何となく見えてきた頃に冒頭の理由とリンクした訳です。
未練というより罪悪感なのかもしれませんが、当時出来なかったことを今果たそうとしているというのが理由です。
もし今も生きていればこんな話をしてたのかなぁみたいな感じですね。
今の母方の祖母(86歳)はまだ健在でピンピンしてます。
こないだ久々に会った時には
「何か、昔と随分感じが変わったねぇ」
と言われました。
自負してます。

この介護の仕事を続けられている・続けている理由について綴ろうかなと思います。
一言で言えば父方の祖母に対しての未練ですが、だいぶさかのぼることになります。
大学を卒業して働き始めたばかりの年に祖母の法事があり、田舎に親族が集結した訳ですが、飲みの席でそれぞれの思い出を語り合った時に温度差を感じたんですよ。
二十歳以上で祖母と接してきた親族の話には祖母の人間性という部分が多く含まれていて、『女性として』の部分は特に印象的でした。
僕の知らない祖母の一面であり、羨ましさだけではない『ある感情』が膨らみました。
後悔の念です。
僕は中1の中頃に母を亡くしており、心配した祖母が田舎から駆けつけてくれて半年近く同居してたんですよ。
半年近く。
半年近く同居してた筈なのに、僕の記憶に残ってる祖母は鬱陶しい存在というだけで、どういう人か?だなんて知ろうともしませんでした。
更には、
時がたち、僕は田舎からさほど遠くない大学に通ってたんですよ。
5年も

祖母と話そうと思えば幾らでも話せる機会はありました。
でもしなかった。
いつかは居なくなってしまう人という認識が低かったからではなく、
人間として僕が幼すぎました。
恥ずかしながら、尊厳というものを意識し始めたのはこの仕事に就いてからで、尊厳というものが何となく見えてきた頃に冒頭の理由とリンクした訳です。
未練というより罪悪感なのかもしれませんが、当時出来なかったことを今果たそうとしているというのが理由です。
もし今も生きていればこんな話をしてたのかなぁみたいな感じですね。
今の母方の祖母(86歳)はまだ健在でピンピンしてます。
こないだ久々に会った時には
「何か、昔と随分感じが変わったねぇ」
と言われました。
自負してます。