皆さま、こんばんは。
今年もたくさんの応援をいただき、ありがとうございました。
今年最後の、サーラのトリミングに行ってきましたよ。
この穏やかな日々が、宝石です。
さて、今年は僕にとって、総じて言えば良い年でありました。
身体面では、2022年1月に手術したガンの再発が7月にわかり、8月下旬から10月下旬まで放射線治療を行うなど、順風満帆とは言えませんでした。
そして、放射線治療の成否については、現在のところ、まだ答えが出ていません。
端的に言うと、今の時点ではかなり微妙な状態のようです。
来年になってしばらくすれば、答えが明らかになることでしょう。
それでも、総じて2024年は良い年だったと受けとめています。
そこそこいい歳になってきた現在。
何が幸せかというと、保護犬であった愛犬が、「いま」を幸せに生きてくれていることですかね。
亡きフーラを幸せに送ることができ、現在14歳のサーラと共に生きている。
「いま」が、一番幸せです。
子どものころ、みすぼらしくて、やせ細って、薄汚れた白い雑種犬が、僕の家に入ってきたことがありました。
まだ、東京に野良犬がいた時代の回想です。
その犬は、腰を低く落としてシッポをブンブン振りながら、媚びるように子どもの僕にすり寄ってきました。
僕は、犬が大好きだったので抱きしめましたよ。
すると、僕の顔をペロペロとなめてくれました。
今なら、「汚ない」とか注意されそうですが、すごくうれしくて、可愛かったなぁ。
子どもながらに、そうやって人間に媚びながら生きるしかない野良犬の哀れや健気さを感じ、切なく愛おしく思いました。
「ねえ、坊っちゃん。なにか食べさせてもらえませんかね?」
そう言っていました。
この子になにか食べさせたいと、母に頼んで家族の残り物をあげました。
すると、そんな勢いよく食べたら死んじゃうんじゃないか、というくらいの勢いで食べ続けました。
人間の食べ物を犬にあげてはいけないなどという次元の話ではありません。
犬にとっては、今日を生きのびるか死ぬかの問題なのです。
その犬は、自分には常に次がないことを知っていたんでしょうね。
彼(彼女)をうちで飼いたいと母に言ってみましたが、一瞬で却下されました。
そうして、家から出された犬とは、もう二度と会うことがありませんでした。
僕は子供心に、「あの子を飼ってあげたかったなぁ。自分の思うままに犬を飼えるようになりたいなぁ」と切望ました。
その願いが、いまは叶っています。
だから、幸せです。
来年、僕が目指しているのは、元気に生きていることです。
そして、それをできるだけ長く積み重ねていくこと。
この肉体を失ったらできないことや、意味を失くしてしまうことが、たくさんあるからです。
生きているからこそできることを、この先も、思うままできるように。
「流れる雲のごとく」
そんなふうに、シンプルに生きたいと思っています。
さあ、今年のブログは、これで終了です。
皆さまの2025年が、晴れやかで輝かしい1年となりますよう、心よりお祈りしております。
どうぞ、良いお年をお迎えください。





