皆さま、こんばんは。
サーラ、元気です。
そして、可愛いです、、親バカな親(笑)

パパがガンになったせいで、本来は愛犬ブログのはずだったのですが、ガンにまつわる話が多くなったなぁと思う、今日この頃です。
関心を持っていただける方は、おつきあいくださいね。

「キャンサーギフト」という言葉があります。
ガンが与えてくれる贈り物。
ご自身がガンで闘病されていたり、ご家族がガンで闘病されている方からすると、「ガンが贈り物などくれるか!」と憤慨されるのかもしれません。
でも、僕はキャンサーギフトを感じています。
以前であれば、考えたり気づいたりしなかったことを、いまは少し理解しながら生きているように感じるからです。
生き物は、必ず死ぬということ。
父母も死んだし、フーラも死んだし、もちろんパパもわかっているんですけどね。
でも、自分はなんとなく死なないみたいな気がして生きているでしょ、みんな。
だけど、必ず死ぬんだと。
で、そんなはずはない、それならどうする、どうにかならんか、やっぱしかたねぇーか、、とか。
ある程度、達観しているつもりではありますが、これから先に「死にたくねぇー」とジタバタする時がくるのかなぁ、、とか。
「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」
いつか、そんな心境になるのかなぁ?
何が大切で、何が不要か。
なにがどうなれば、納得できて、心穏やかでいられるのか。
手に入れることや増やすことを求めるのではなく、与えることや減らすことを求めるような。
いろいろ知る機会になっていると感じます。

日本中のスーパーやデパートには、牛肉も豚肉も鶏肉も魚介類も、あふれかえっています。
余るに決まってるじゃん。
どれだけの動物たちの命が、余り物として廃棄されるのだろう。
どれだけ無駄に殺せばいいのだろう。
まぁ、自分もこれまでさんざん焼き肉やステーキなんかを美味い美味いと喜んで食べてきましたからね。
今さら他人のことは言えません。
でも、せめて感謝をして、必要な分だけを、大切にいただこうと思うようになりました。

サーラには、毎日、お散歩の帰り道に抱っこしながら、「長生きするんだよ」と伝えています。
サーラは抱っこされてご機嫌なだけで、なに一つ理解していないですけどね。
でも、それでいいのです。
それだけで、パパは幸せです。
できるだけ健康に長生き。
サーラに望むのはそれだけです。
年が明けると15歳になるサーラが、あと数年、元気に生きてくれれば。
楽しく暮らして、サーラをしっかりと見送ってあげることができれば、、
パパは、それだけで満足です。
フーラとサーラが待っているなら、いつか行くのも楽しみだし(笑)

「物」は持っていけないのです。
心のなかにあるものだけ。
