先日、自分にとって、少しうれしく思える出来事がありました。
喘息の病院から処方せん薬局へ向かう道すがら、目の不自由な方のお手伝いをさせていただく機会があったのです。
パパが薬局に向かって歩道を歩いていると、車道を挟んで反対側の歩道に、2tトラックが乗り上げて止まっており、歩道をふさいでいるのが見えました。
そして、トラックの前で、杖を持った女性が立ち往生していました。
その女性はトラックに行く手をふさがれ、あやうく車道に出てしまいそうになっていて、鎖状のガードレールにぶつかって立ち止まっていました。
これはヤバいと思ったので、車道を斜めに横切って走りました。
そばへ行くと、その方はおそらく全盲であることがわかりました。
なので、「歩道にトラックが止まっていて危ないので、お手伝いさせてもらえますか?」と声をかけました。
女性は、「ありがとうございます。はい、お願いします」と言ってくれました。
パパは女性の左側に立ち、女性の左の肘に自分の右手を添えて一緒に歩きました。
一度車道に出て、トラックの脇を通り、また歩道に戻りました。
段差があります、なんて言いながら。
場所は、ちょうど文藝春秋本社ビルの手前辺りでした。
女性に、「どちらへ向かわれていますか?」とたずねると、「麹町駅に行こうとしています」とのことでした。
地下鉄有楽町線の麹町駅は、パパが向かっている薬局の途中にあるので、「僕も麹町駅の方に向かうので、駅までご一緒しましょう」と伝えました。
今度は、文藝春秋本社を背にして、新宿通りの方に向かって信号を渡りました。
渡りきったところで、ふと気づき、「僕はあなたの左肘に手を添えていますが、この形でよかったですか?」とたずねました。
女性は、「ありがとうございます。できれば、私のほうが、そちらの肘を持たせていただけると助かります」とおっしゃいました。
「はい。わかりました」と応え、「ああ、そうなんだ。お訊きしてよかった」と思いました。
それから、約150メールくらいの距離を一緒にゆっくりと歩きました。
道すがらに話したのは、「段差があります」「歩道が左側に傾いています」「今からゆっくり右に曲がります」といったことくらい。
新宿通り沿いに、地下鉄麹町駅へと降りる入口の階段があります。
「もうすぐ麹町駅へ降りる階段の前に着きます。その少し先に、駅へ降りるエレベーターの表示も見えますが、そちらまで行きましょうか?」
すると女性は、「いえ、階段で大丈夫です」と、はっきりとおっしゃいました。
なので、階段の手すりに手を掛けていただき、そこでお別れしました。
別れ際に、「気をつけて」と伝えました。
女性は、丁寧に応えてくれました。
僕は、その女性の背中が階段の踊り場を曲がり、見えなくなるまで見送りました。
ああ、良かった、、と感じていました。
無事に女性を駅の入口までお連れできた安堵のような、、
少しでも誰かのお役に立てたよろこびのような。
そして、
お礼を言いたいのはこちらの方だと思いました。
週末は、サーラのトリミングでした。
可愛いでしょ?
いつも、愛情を持って可愛くしてくださり、本当にありがとうございます。
さて、、
サーラの腎臓の方は、またお知らせします。
覚悟はしていますと言いたいところですが、本当は覚悟などできていません。
かつて、フーラの腎不全の治療•延命のためにフーラに与えた苦痛を、サーラには味あわせたくないし、自分も同じことができる自信がありません。
フーラの時と同じように、家でサーラに点滴をするのは、サーラの性格を考えると難しいと思っています。
できることなら、フーラと同じ道をたどらずに済めばと、今はただ願っています。


