皆さま
新年 明けましておめでとうございます。
本年も、フーラとサーラをよろしくお願いいたします。
年明けから、国内では衝撃的な事柄がたくさん生じており、思考がなかなか追いつきません。
それでも、今年、世界中で相互理解と融和、そして助け合いの気運が高まっていくことを強く願っています。
日航機と海保機の事故では、日航機に搭乗していたすべての人々が脱出でき、本当によかったと思いました。
また、地震による被災者支援の途上で亡くなられた海保機の皆様には、心より哀悼の意を表したいと思います。
日航機の乗客が助かって良かったという話のあと、あの機体には犬猫も何頭か乗っており、犠牲になったという事実が公表されました。
それについて、貨物室でなく客室に搭乗できるようにして欲しいとの意見を発信した著名人が複数おられ、それに対してネット上で賛否両論が吹き荒れるという事態も発生しました。
どちらかというと、否定的な意見の方が多かったように思います。
•犬猫を搭乗させる場合は、非常時に見捨てられることを覚悟して乗せるべき。それが嫌なら、連れていかずにペットホテル等に預けるべきである。
•犬猫を飼っている者は、飼育中は旅行に行くべきではない。飛行機に載せるのも、ペットホテルに預けるのも虐待である。(やや意外な気がしたのですが、飼い主側からの意見多数)
•客室に搭乗させるにしても、緊急時には犬猫の救出を放棄させられるが、それを許容できるのか?無理ならそもそも乗せるべきではない。
•乗客にはアレルギーのある方もおり、人間の健康を害してまでペットを客室に入れるべきではない。
このような意見が多かったと思います。
女優の石田ゆり子さんが、客室に犬猫を乗せられるようにして欲しいと発信し(正確にはフリーアナウンサー笠井信輔さんの配信に対して賛同のコメントをして)、ネット上で叩かれているのを見て心が痛みました。
なぜ、ひとつの意見に対して、ここまで感情的になって否定する人がいるのか?
あなたがこのような意見を述べる人だとは思わなかった、と責めることにどんな意味があるのか?
こういう拒絶の仕方は、多様な意見を表現する自由を否定しているようで残念です。
石田さんが言いたいのはそういうことじゃないはずなんだけどなぁ、、全然伝わってないなぁ、、とも感じました。
僕自身は、過去にフーラをバリケンに入れて飛行機に乗せたことが一度だけあります。
フーラを連れて羽田から北海道に行ったのですが、搭乗前に、万が一死んでも航空会社を訴えないという誓約書にサインせねばならなかったことに違和感を覚え、帰京してからは二度と飛行機には乗せませんでした。
ちなみに、フレンチブル、パグ、シーズーのような短頭種は、そもそも飛行機への搭乗が一切認可されません。
お散歩仲間のJALのベテランCAさんに教えていただいたところでは、毎年、搭乗した何頭もの犬が貨物室で死んでいるそうです。
そして、表には出ませんが、飼い主さんと航空会社との間での係争もあるとのこと。
ご自身は、現行ルール下においては、愛犬を搭乗させるつもりはないと明言されていました。
僕も、今のルールのままであれば、今後もサーラを乗せるつもりはありません。
僕の個人的な意見は、『機体のキャパごとに一定のペット&飼い主の席(後方等)を確保し、非常時にはペットも乗客として人間と等しく救助する。アレルギーやご病気のある方には、優先的に影響の少ない座席を確保していただく』です。
僕自身、長く喘息を患い、アレルギーについて一定の知識を持っているつもりですが、座席の配慮でおおむね対処できると考えています。
なぜ、そのようになって欲しいと考えるかというと、僕は飛行機だけでなく電車にも、ヨーロッパの国々のようにリードをつけるだけで乗せられる社会になって欲しいと願っているからです。
ただし、安全に関する担保も必要となることを考えると、今の日本では飼い主側のモラルや知識にも大きな課題があると感じています。
飼育者の権利と義務のうち、権利は主張するけれども、義務を十分に果たせない人が多いからです。
例えば、電車、バス、飛行機に、普通に犬が乗れるようになったとして、トイレを車内でさせないしつけやオムツ等の準備ができるか?
もしくは、車内のここでしなさいとコントロールできるか?
そして、人に迷惑をかけない常識を徹底できるか?
僕の家の近所でも、こんなところに犬の💩を放置して逃げる飼い主がいるのか?と情けなく思うことが多々あります。
したがって、犬と飼い主を苦々しい想いで見つめている人がたくさんいることにも、合点がいくのです。
これらが変わっていくには、犬を飼っている人が意識と行動をもっと高い次元に上げることで社会から認められ、社会全体の意識を変えていく以外にないと思うのです。
法的にも、犬を物として扱う社会から、命として扱う社会へ変わること。(犬はモノ扱いなので、殺されても器物損壊罪にしか問えないと聞いています)
例えば、野犬たちを処分すべき害悪と捉える社会から、人間が守るべき命と捉え、守っていく社会へと変わること。
無責任な飼い主は、法律で罰せられればよいのです。
さらに言えば、子犬を思いつきで衝動買いできる生体販売を容認する社会を変えること。
このままでは、思っていたのと違うなどと言って捨てられてしまう犬猫は、決してなくならないでしょう。
おそらく飛行機の客室への搭乗の是非も、これらすべてとつながっているように思うのです。
始まったばかりの2024年。
すべてのひとつしかない命が、みんな輝きますように。
どうか今年一年が、実りあるものとなりますように。
楽しんで、一生懸命に暮らしていきましょうね。
僕は、ゆっくり歩いていきます。


