最近、サーラとの暮らしが平穏で幸せ過ぎて、なんとなくブログを更新せずに時間が過ぎていきます。
今、一番よい時間を過ごしているのだと思っています。
思えば、2016年1月にこのブログを始めたのは、亡きフーラが腎不全になったことが、その理由のひとつでした。
そう遠くない未来にフーラとの別れが来ることを初めて意識し、愛するフーラの記憶を残したいという気持ちから始めたのです。
僕の想いは叶い、このブログの中に、フーラの18年間の犬生の「最後の2年間」を記録することができました。
今も、このブログの中にフーラが生きていると感じています。
妹のサーラも13歳半を迎え、人間で言えば60代後半から70歳近くなっていると思います。
それでも、おかげさまで血液検査では悪いところもなく、おそらく残された犬生の中でも、穏やかな時間を過ごしているのだと理解しています。
むしろ、一昨年の秋にパパの身体にガンが見つかり、昨年1月に手術を受けてからは、パパのがんサバイバーブログみたいになってしまった気もしています(笑)
犬も人間も、だんだん歳を取りますね。
そして、犬も人間も持って生まれた体質のようなものがあるように思います。
よく劣性遺伝と言いますが、悪いとこって似ますよね(笑)
僕の父方は、全員が酒飲みの糖尿病という家系でした。
父も、父の兄弟も、全員が酒飲みで糖尿病。
だからコレステロールの代謝にも課題がある家系で、父方の祖父は腹部大動脈瘤破裂で亡くなりました。
ものすごく痛かったみたいです。
軟弱に育った孫とは違い、相当に迫力のある爺さんでしたので、親族も祖父が「痛い」と言うのを、その時に初めて聞いたと言っていました。
僕の父は、最後は悪性リンパ腫でした。
母方の祖母はすい臓がんで、当時は治療法も進んでいなかったせいか、祖母もとても苦しんだそうです。
それ以来、母は毎年、当時はまだ大塚のあたりにあった癌研究会病院に行って、検査を受けていました。
ところが人生とは皮肉なもので、その後、母はガンにはならず、若年性アルツハイマー病になったのでした。
母の弟は、アミロイドニューロパチーという珍しい病気になりました。
いずれも、アミロイドというたんぱく質に起因する病気です。
現在、この二つの病については、血液検査によって発症可能性がほぼ正確に予測できると医師から聞いているのですが、特に受けるつもりはありません。
検査料が思ったより高額なのと、結果を聞いたところで、どうしようもないからです。
そういったことを考えるにつけ、僕らが日々を楽しんで生きることの大切さに想い至ります。
ありがたいことに、今、自分は毎月のように血液検査を受け、ある意味では過剰なほどに守られていると感じます。
母が亡くなったあと、僕は母についてよく考えました。
母はアルツハイマー病になり、自分が誰かも分からなくなってしまったけれど、母の最期は幸せだったのだろうかと。
アルツハイマー病が進行して自分が誰だかわからなくなった時点で、社会性を持った人間としての役割は終えたのかもしれません。
そう考えると、悲しく、不幸なことのようにも思えます。
しかし、母が恐れていたガンを恐れる必要がなくなったことは、幸せだったと言えるのかもしれません。
母が人格を失いつつあったある日、僕は実家で父とそこそこ強烈な言い争いをしました。
原因が何だったかは、忘れました。
母のことだったか、何か家族のことだったかもしれません。
そのあと、自分の部屋にいた僕のところへ母が来て、僕に言った言葉を覚えています。
「おまえは誰よりも優しい子なんだから。お母さんはわかっているから、怒ってはだめだよ」と。
もう、かなり訳が分からなくなっていた母でしたが、なぜか不思議なくらいに母親らしい言葉を発しました。
それからずいぶん時間が経ちましたが、今もずっと僕の心の中にあります。
母の死の何年も前に聞いた、母の最後の言葉なのです。




