皆さま、こんばんは。


今年もフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございました。


パパは今日からお休みなので、今日は少しおうちを掃除して、そのあとサーラのフードを買いに行ってきました。



(今日のサーラ)


今、くつろぎながら亡き友のスパークリングワインを飲んでいます。


友の葬儀で配られたシャンパンです。






ニコラ  フィアット ブルーラベル

2019年7月にがんで亡くなった友人が、自分の葬儀で参列者に配るために自ら選んだ酒。

彼は、生前に自らの葬儀の手配をすべて済ませていました。

その日程以外は。

そして、数百人にこのシャンパンを配ったのです。

以来、僕はこのシャンパンを飲むタイミングを逸していました。

が、僕もがんになり、手術を受けた年の終わりに飲むのが、なんとなくふさわしいような気持ちになりました。

ハーフボトルですが、今の僕にはやっと飲めるサイズです。






彼は、僕に最後の生きざまを見せてくれました。

目に焼きついている彼の最期に向かっていく姿が、自らもがんになった時、僕に覚悟のようなものを与えてくれました。

彼は、日本の五大商社のうちの一つで、エネルギー部門の執行役員をしていました。

長く海外で暮らし、特にモナコでの生活が長かったと思います。

一人息子は、いま大学生のはず。

つい先日、がんの手術を受けてから初めて飲みに行った仲間たちも、彼の葬儀に一緒に行った連中です。

僕の手術がうまくいって、現在はなんとか元気を取り戻している姿を見て、彼ならなんと言うか。

僕には容易に想像がつきます。

「おまえは、まだあんまり働いていないから、もうしばらくは働けよ」






生前、酒を飲んだとき、彼が「これまでに、たくさんの人を切り捨てねばならなかった」と言ったことがあります。

よい人物であっても、仕事の能力が足りなければ、切り捨てざるを得なかったと。

そのために、いま、裁判も起こされていると。

「対応するのは、ほとんど法務部だけどな」と。

僕の友人だったくらいですから、そもそもはチャランポランでお人好しのバカボンだったはずです。

だから、無理もあったんじゃないかなぁ。






「ちょうどいい。

ちょうどいいシャンパンだよ、M沢。

おれは、精一杯、適当に生きるわ。

今までもこれからも、適当もいいところだ。

おれは、それでいい。

それでも、がんにはなっちまったけどな」

もし、彼が今の世界を見たらなんと言っただろう?

ウクライナの人々の命を憂えたか、ビジネスの崩壊と捉えたか、ビジネスチャンスと捉えたか。






まあ、いいや。

夜はこれからだ。

残された者たちの未来もこれから。

生きる限りは、生きよう。

さて、、

今夜は、、もう少し飲むとするかね。