先だっての木曜日の夜、
家での仕事を終えてサーラの散歩に出た際、
認知症のおばあちゃんを保護しました。
うちのマンションの敷地内に、75歳くらいと思われるおばあちゃんが一人で立っていて、僕にはすぐにわかりました。
住人以外は入れないはずの敷地内にどうやって入ったのかはわかりませんが、敷地から出られなくなっていたのです。
そのたたずまいの普通でない感じというのは、認知症の方と触れ合ったことのない人には、なかなか確信を持ちにくいものだと思います。
僕は、亡くなった母と同じ様子だったから、すぐに気づくことができました。
おばあちゃんに声をかけ、少しお話をしてみて、その後に110番しました。
「事件ですか?事故ですか?」
ああ、本当にそう言うのか、、
僕は、事の顛末を伝えました。
これからパトカーを向かわせるので、待っていて欲しいと言われました。
よく見たら、おばあちゃんはくつ下を履いていたけど、くつは履いていませんでした。
僕は、パトカーが来るまでの間、おばあちゃんと二人でエントランスの階段に並んで座り、お話をしました。
事件でも事故でもないせいか、警察は全然すぐには来ず、25分くらいは待っていたと思います。
サーラは先にオシッコをさせたので、おとなしく僕に抱っこされていました。
同じマンションに住む僕より年長のNさんのご主人がエントランスに出てきて、「そのおばあさん、まだいましたか。さっきも見かけたんですよ」と言いました。
僕は、「いま、警察を呼んだから大丈夫です。おそらく認知症で徘徊されていたんだと思います。一緒にいるから大丈夫ですよ」と伝えました。
Nさんは、少しばつが悪そうに、そそくさと消えていきました。
でも、なにかおかしいなと感じても、普通は何もできないものだと思います。
パッと見ただけでは明確にはわからないし、今は親切心で声をかけても犯罪者呼ばわりされる可能性すらある時代ですからね。
僕は、母を見てきたので、話が通じているようで、全然通じていない感じがよくわかりました。
お名前をお聞きしたら、「やまだすえこ(仮名)」とお答えになりました。
僕は心の中で「ああ、まだお名前は言えるんだ」とつぶやきました。
母が意味のある言葉を何一つ言えなくなった姿を見ていたので、少し安堵したような気持ちになったのです。
「おばちゃん、すえこさんていうんだ。良い名前だね。お父さんがつけてくれたの?」と聞きました。
「ううん、おじいさん。おじいさんがつけてくれたの」
「そうなんだ。もうおじいさんは亡くなられてしまったのかな?」
(このおばあちゃんのお祖父さんが生きておられる可能性は、ゼロですよね?)
「ううん、まだ生きてる。とっても元気だよ」
「そう、よかったね。おじいさんもお元気なんだね」
「そうそう」
「おうちは、どこなの?大田区?世田谷区?」
「世田谷区S町」
「あー、そうなんだね。ここからは、ずいぶん離れてるよ」
「そうそう」
おばあちゃんが言った町名は、パパのおうちのあたりからクルマで30分程かかる、小田急線の沿線でした。
本当にそこから歩いてきたのかもしれないし、子ども時代や若かりし頃の想い出が言わせているのかもしれないと思いました。
「おばあちゃん、今からお迎えが来ておうちに帰れるからね。もう少し待っててね。寒くない?」
「うん、寒くない。でも、足が冷たい」
「そう、ごめんね。すぐにお迎えが来て温かくなるから。もう少しだからね」
「うん」
僕の母も、かつて昼間に父とスーパーに買い物に行き、父が一瞬目を離した隙に行方不明になったことがありました。
翌朝6時ころに、行方不明になったスーパーから数キロ離れた住宅街で保護されたのです。
住民の方が、早朝に自宅の前に立っている不審なおばあさんがいると警察に通報してくれて助かりました。
真冬のことでしたので、前夜は僕のいとこたちも総出でクルマを出して探してくれました。
皆で一晩中さがしたけれども発見できず、警察からの連絡もなく、これはもうダメかもしれないと思ったものでした。
そんなこともあったので、普段おせっかいはしないたちなのですが、自然と関わったのだと思います。
警察官は、行方不明の届け出がされている人がいるということだけ教えてくれました。
僕自身について言うと、母親に対して何一つ親孝行をした記憶がありません。
だから、僕にしては珍しく、放っておけなかったんだと思います。
お母さん
どこかのおばあちゃんがおうちに帰れるようにお手伝いできたよ。
少しは役に立てたかもしれないね。
よかったなぁと思うんだ。
そうだろう?



