(フーラ)


フーラが死んでしまってから、もう4年半を越える時が流れました。 


その頃からパパのブログを見てくださっている方々からすると、パパがとても元気になったと感じてくださっていることと思います。


あの頃は、つらかったなぁ。


切ないので普段は読み返すこともないのですが、ちらりと当時のブログを読み返したりすると、パパは心を込めて文章を書いていたなぁと思います。


特にフーラが死んでしまってからしばらくの間は、ブログを書くことが救いになっていたような気がします。


フーラのために流した涙は、これまでの人生で流した涙の95%くらいを占めています。


それが、人間として正しいことなのか、滑稽なことなのか、僕にはわかりません。


でも、それが僕の人生における事実な訳です。


そんなパパですが、最近はフーラの月命日である30日を気づかずに通りすぎてしまうこともあります。


ずいぶん薄情になったものだと思われるかもしれませんが、僕自身にそのような感覚はありません。


フーラが、そんなパパを見て喜んでくれているとわかるからです。


ああ、やっと忘れて通りすぎることができたかね!みたいな感じです。


フーラとパパは、一心同体。


今、サーラを愛し、可愛がるパパを見て、フーラが微笑んでいるのが、パパにはわかります。


それでいいのだ!って感じです。


フーラは、優しいよい子でした。




(フーラ)


おそらく、、


もっと忘れても大丈夫だよ、と言っています。


でも、忘れるわけないよね。


それはない。。


フーラの写真を見て、そんな話をしました。