少し前のことです。
メジャーリーグの野球中継を録画しようと思って、僕は真夜中にテレビの番組予約画面を見ていました。
そうしたら、BS NHKで午前3時から午前4時まで、「魂のたき火」という番組があるのを見つけてしまいました。
これってもしかして?と思い録画しておいたのですが、やっぱりビンゴでした。
一時間、たき火の炎が燃えている映像と薪が時折はぜる音だけが、画面にただ流れていました。
少々疲れていた僕は、後日、その番組を何も考えずにぼーっと眺めていました。
なんだか、とても癒された気分になりました。
なぜか人間は、ゆらゆら揺れる炎を見ると引き込まれるのですよね。
そして、何も考えていないはずだったのに、僕の脳裏には過去の記憶やいろんなものが浮かびあがってきました。
温かい部屋でソファーに寝転がって、たき火の映像を見ている自分。
でも、本当のたき火とは、こんなのじゃないんだよなと、心の声がささやきました。
僕は人生のある時期、よく山にいました。
そこでテントを張って、寝袋で眠りました。
仲間たちが一緒でした。
今はやりのキャンプ場よりかなりワイルドでしたが、本物の険しい登山よりは、まるでくだけた感じのものでした。
仲間たちとたき火をして、飯ごうでメシをたき、カレーを作って食べました。
酒を飲み、炎を見つめて語らいました。
一緒の連中は、北極に行ったりエベレストに行くような本チャンの奴らで、男も女もいました。
その中にいた親しかった女性は、もうこの世界にはいません。
本物の登山中に、滑落して亡くなったからです。
本当のたき火には、空気の流れ、風があって、匂いがあって、音があって、虫や鳥などの生き物がいて、明るさや暗さ、気温の変化があります。
炎を向いた方の身体は熱くて、背中は寒かったりします。
そうやって、テレビのたき火の向こう側に、いろんな人やものが走馬灯のように浮かんできました。
思えば、この人生は好き勝手なことをしてきたものです。
バイクやクルマで走り回ったり、スキーばかりやっていたり、山に行ったり、フルマラソンに凝ったり、その時々で好きなことをやらせてもらってきました。
仕事もたくさんしましたが、そのために生きていると思ったことは、幸か不幸かこれまでに一度もありません。
そして、やっぱり今はサーラとの暮らしが一番安らぐと思っています。
子どもの頃から、犬との暮らしの楽しさと哀しさの記憶が僕の心にはあり、それを忘れられないからに違いありません。
テレビのたき火は、手をかざしても画面の熱がほんの少し伝わってくるだけでした。
でも、今の僕にはテレビのたき火がふさわしいのかもしれません。
今年の一月にがんの手術を受け、執刀医から「加藤さ~ん」と呼ばれて麻酔から覚醒し、目を開けた瞬間のあの画像、あの記憶。
あの時、僕の目に写った執刀医の顔。
全身の不快感と苦しさ。
全身に繋がれたチューブ。
それから24時間の間に感じた人生最大の苦痛。
お約束どおり、全身麻酔で併発した喘息の発作などなど。
あの退院までの道のりは、できればもう二度と味わいたくないと思っています。
それでも、いまは身体と心をかなり再生することができました。
いつか、また、たき火を眺めて、寝袋で寝てみたいなぁ、、
それは、今の僕にとって実現可能な夢のように感じ始めているのです。

