皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
明日は、東海から関東にかけて台風が上陸するようです。
今は、日本のどの地域で自然災害が起きても不思議ではありません。
豪雨被害に遭われた青森や秋田の人々が、どうかご無事でありますようにと祈ります。
(今日のサーラ)
今朝、パパは4回目のコロナワクチンを打ってきました。
クルマで行ったので、終了後はすぐに帰宅しました。
あとは、サーラのお散歩以外は出ず、家でおとなしくしていました。
今、熱は36.9度しか出ておらず、注射した方の腕の痛みと、脇の下のリンパが少し腫れてきたかなぁ、という程度にとどまっています。
ほぼ、普段と変わらない状態です。
やはり、ファイザーの方が、モデルナよりは副反応はかなり弱いように感じます。
さて、サーラという存在。
それは、パパが生きるうえでの癒しです。
この子がいてくれることで、パパは救われているように感じています。
そもそも、パパは、人の心に自分の本当の想いを伝えることができているのか?
さらには、人の気持ちを受け止め、推し量り、その人の気持ちをちゃんと理解できているのか?
つまり、わかりやすく言うと、コミュニケーション能力が低いんじゃないのか?
このところ、そんな気持ちを感じてしまい、乗り越えようとしてきました。
犬たちが、喜んでいる、怒っている、淋しがっている、悲しんでいる、満足している、、、
そんな彼らの気持ちなら、パパは手に取るように感じとれるようです。
それに対し、人の気持ちは、受け止めきれていないように感じ、やや自己嫌悪なのです。
はたして、自分が不器用なのか、鈍感なのか、身勝手なのか、理解力に欠けるのか、その辺りはよくわかりません。
「人は歳を取ると、動物だけを友として生きたくなるのだ」
すでにこの世の人ではない、ある著名な作家の言葉です。
それは、オレのことだ。
そう思う自分がいます。
たぶん、その方が楽なんだろうな。
でも、それって、いつか来るオレの死まで、オレは「生きた」ことになるのだろうか?
はなから死んでいる人生だったと思いながら死んでいくのは、悲しいことだ。
それは自らの望むこととは違う。
そう思う自分が、そこにいるのです。




