皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。


(今日のサーラ)

今年も、桜の花が咲きました。

4年前、フーラは桜の花が咲き誇るなかで旅立ちました。

それからサーラを迎え、暮らし始めました。

パパは、今年、がんの手術を経験しました。




日本人は桜の花に、美しさ、潔さ、儚さといったものを重ねると言います。

人生を重ねて語られることが多い花です。

しかし、僕は桜を無心に見つめています。

どうやら、その美しさだけで良いようです。




桜の木々の下には、小さな子どもを連れた家族がいました。

おばあさんが二人、座っていました。

若い二人が、結婚式の衣装で記念撮影をしていました。

なんとなく、今年も見てしまう自分がいます。

けれども、本当はそれほどでもないのです。

重ねるものが、有りすぎるのか、無さすぎるのか。

モノクロなのか、色つきなのか。

いったい、どちらなのでしょう。




ただ、そういうところを歩いている自分がいる。

おそらく、そんなところでしょう。

咲くことにも、散ることにも、その美しさにも、さほど関心を持たない自分がいる。

そんなふうに感じています。

この感覚はいつからだろう。

そうして、よくよく考えてみたら、こんなことに気づきました。

フーラが死んだとき、桜の花がモノクロに変わるのを見た。

フーラが桜の季節に死ぬまでは、桜への関心などほとんど持たない人間だったと。