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(今朝のサーラ)


入院中に病室で出会った人々、その2です。

病院に長くいる患者さんというのは、そうせねばならない事情を、みな抱えているものだと思います。

そして、そこには人それぞれの葛藤があるようです。

そんなことも、後からだんだんとわかってくるのですが、それを差し引いてもかなりの迷惑系おじいさんが同室にいました。

こぐれさん(仮名)です。

4人部屋で、僕のベッドの向かい側にいる方でした。

この人、看護士さんとのやり取りを聞いているだけで、明らかに問題児かつ長く入院している方であると、すぐにわかりました。

見た感じは、70代半ばくらいかなぁ、、

この方の言動には、いちいち毒があったのです。

僕は、入院の翌朝8時45分から手術を受けることが決まっていたので、初日の夜は22時の消灯後、すぐに寝ようと思っていました。

ところが、この人、消灯後もフロアをうろうろしては、看護士さんにとがめられ、それに対して反発したりしているのです。

で、それが大きな声で聞こえてくるという。

その後も、室内でぶつぶつ毒を吐いており、うるさくて眠れません。

しまいには、午前2時半になって、ラジオの深夜放送を、音を出して聞き始めました。

もちろん小さな音なので、ご本人はまわりに聞こえていないと思っているのかもしれませんが、逆に耳について眠れないのです。

仕方がないので、トイレに行く感じで病室を出て、夜勤の看護士さんに、ラジオを聞いている方がいて眠れないので、うまく対処していただけないか、とお願いしました。

戻ってしばらくすると、看護士さんが病室に来て、こぐれさんの様子をうかがった上で、やんわりと注意をしてくれました。

そうしたら、このおじいさん、僕にチクられたと気づいたんでしょうねぇ、、

しばらくしたら、病室内でベッドの間を仕切っている家具の扉や引き出しを、真夜中だというのにバッタンバッタン開けたり閉めたりして、大きな音をわざと出し始めたのです。

真夜中の3時ですよ。

おいおい、いい加減にしてくれ、このおっさんふざけんなよと思っていたら、別の方が声を上げてくださいました。

「おい、うるさいぞ。いい加減にしろよ。いったい何時だと思ってるんだよ。静かにしろよ❗」

この声をあげてくれた方、こぐれさんのとなりの方で、僕とは対角線の位置にいました。

この方は翌々日に退院されましたが、この病室では古株だったんだと思います。

結局、僕は午前6時の起床までに、2時間くらいしか眠れませんでした。

これまで手術に対して能天気に構えてきた僕でしたが、この時点で心に暗雲が立ち込めてきたというか、嫌な予感がしてきました。

睡眠も取れていないし、思いの外、手術は険しいものになるのではないかとの予感です。

そして、これはまさに的中していたわけです。


(サーラ)

次の日、手術が終わった夜、僕は麻酔が切れたベッドの上で唸っていました。

手術が終わり、麻酔が切れてからの24時間というのは、これまでの僕の人生で最もつらく苦しい24時間になりました。←これ、本当に実感したことです

外科手術というのは、本当に大変なものなのだなあと、初めて身をもって体験し、理解したわけです。

さらに、翌朝には喘息の発作まで併発して最悪でした。

さて、その晩、真夜中にベッドで唸っている最中に、消灯後の部屋で、天井の照明をいきなりつけた人がいました。

あの人です。

なにやらぶつぶつと言いながら、パッと照明のスイッチを勝手に入れたのです。

これは病室においては、結構、衝撃的な行動でした。

うわー、明るい。勘弁してくれよ~

これは、パパの心の声。

すると、誰かがそれを消しました。

「誰だよ。勝手に消すんじゃねーよ」

あの人が叫びます。

すると、

「ふざけるな。あんた、いい加減にしろよ。なんであんたの勝手で天井の電気つけんだよ。みんな寝てんだろうが」

と、昨晩のあの人が、再び切れてくれたのです。

「電気つけなきゃ、見えねーんだよ」

「電気をつけたきゃ、自分の枕元の電気にしろよ!」

「なにそれ?どこにあんだよ?」

立ち上がる音。

「あんた、電気の付け方知らないのかよ?ほら、ここにスイッチがあるだろうが❗」

「あ、ほんとだ。すいません」

さすがに、怒った方の剣幕に押されて、さらにベッドまで来られて、電気の付け方まで教えられるに至り、さすがのこぐれさんも謝っていました。




次の日、こぐれさんのベッドに医師と看護士が来て、今後の治療について話していました。

あと試せる薬は、腎臓に多大な副作用を及ぼすリスクのあるものしかないこと、承認してもらえるなら、それを試したいと考えていることなど、、

こぐれさんは、「全然よくならないじゃねーかよ。どうせ治らねーんだろ?」といじけていました。

医師と看護士は、若干、慇懃無礼さも漂わせながら、淡々と相手をしていました。

卵が先かにわとりが先かわかりませんが、これまでもこぐれさんの対応で苦慮してきたことがうかがわれる雰囲気でした。

あくまでも推測ですが、がんの治療に使う薬のネタが尽きているので間違いない、と思いました。

こぐれさんが、がんであることは、会話の中身から間違いありませんでした。

結局、こぐれさんは新しい薬の使用を承認しました。

このくそじじいも、それなりの苦しみを背負っているのだな。

わがままじいさんの気持ちも少しわかる、と思った瞬間でした。

翌日、こぐれさんに対し、医師と看護士から二つのことが言い渡されました。

ひとつは、新しい薬を使用するにあたり、排尿量を正確にはかる必要があるため、尿管カテーテルをつけること。

「え?どうやってつけるんだよ?麻酔するのか?」

「いえ、いまこの場でつけますから」

「えー!」

医師の言葉には、有無を言わさぬ強さと、若干の意地悪さが込められており、これまで余程こぐれさんに手を焼いてきたのだということがうかがわれるものでした。

「いてててて、、」

僕も、ベッドで唸りながらも、少し身震いしました。

麻酔で眠っているとき以外に、尿管カテーテルをつけられるのは、ちょっと耐えられないかもしれないな。

そう思いました。

そして、もうひとつは、ナースステーションの正面の部屋に移ること。

こぐれさんについて、誰かが何かを言ったのか、それとも空いたら移すが規定路線だったのかはわかりません。

「こぐれさん、この部屋、差額がかかる部屋だから。でね、ナースステーションの真ん前の何かあったらすぐに看護士が対応できる一番いい部屋、差額なしの部屋が空いたからね。よかったでしょ?。すぐに移ってもらうからね。うれしいね」

うれしいもなにも、明らかにこぐれさんは嫌そうです。

しかし、医師も看護士も、有無を言わさぬ雰囲気で進めていきます。

そのあと、尿管カテーテルをつけられたこぐれさんは、看護士さんに連行(まさに連行)されて、すぐに部屋を移動になりました。




でもね、正直ただのわがままじじいだと思っていたこぐれさんも、がんをかかえて心に葛藤があったのだと思うと、なんだか可哀想にも感じてしまいました。

どんなバックボーンの方なのかはわかりませんでしたが、家に帰れば意外といいおじいさんだったりするのではないか?

今はコロナのため、危篤にならない限り、家族も一切病棟内には入れてもらえません。

僕が入った大学病院は、危篤になっても家族1名しか入れない方針でした。

きっと、さみしかったんだろうな。

今は、そんなことを思います。

一度、自分が追い出されて空いているベッドに逃げて来て座り、床を見ているこぐれさんの姿を見ました。

僕は気づかないふりをして、カーテンを閉め、自分のベッドに入りました。

ここには、出たくても出られない人がいる。

しかし、自分は必ず外の世界に戻らねばならない。

外の世界が必ずしも美しいとは限らないけれど。

それでも、必ず戻ろう。

みんな、いろんなものを抱えているんだ。

そんなことを、こぐれさんを通して強く思った自分がいました。