皆さま、こんばんは。

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いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。


(今日のサーラ)

先週後半に、検査の手術を受けるため、パパは大学病院に3日間入院しました。

その大学病院の入院棟は、診療科ごとにフロアがわかれており、パパは個室の予約をお願いしていました。

そして、パパが実際に入院したのは、なんと「小児科」の病棟でした。

本来僕が入るべき診療科の個室に空きがないので、小児科病棟の個室でもよいか?と入院受付から訊かれたためです。

そして、万が一個室を必要とするお子さんが出た際には、4人部屋に移っていただく場合があることをお願いしたいと言われました。

僕としては、お子さんの病室をお借りしてまで個室に入りたいわけではないと伝えしましたが、空いている病室を利用してもらうのは通常の運用であるとの返答だったため、そのまま利用させていただくことにしました。




確かに、入院当日にパパのお隣の個室を見たところ、パパと同じように、おじさんが利用していました。

入院当日の夜、この日は翌日の手術に備えて点滴の針を手首に装着したり、点滴を何本か打っただけでしたので、自分が病気の検査に来ているのだという切迫感はまだ希薄だったかもしれません。


(病室からの夕景)

夕暮れの街を見ながら、かつて旅立つ父を見送ることとなった病室の窓から見た夜景を思い出していました。

そして、夜、ベッドで横になった僕は、いろいろなことを考えました。

なにより、自分自身が入院する側としてベッドに横たわり、天井を見上げたのは、生まれて初めての経験でした。

「この天井を、これまでにどれだけの子どもや大人が見上げたのだろう。そして、どんな思いで見上げたのだろう」

そんなことを思いました。

若干、感傷的になった自分でしたが、翌日の手術後には、身体的な苦痛によりそれどころではなくなります。

人の感傷など、身体的苦痛の前では、吹き飛んでしまうものなのでした。

でも、その時には、そんなことさえ知るよしもありませんでした。

「自分は、もう十分に生きただろうか」

「かつて、この部屋にいた人たちは、十分に生きただろうか」

「もし、十分であろうがなかろうが、この世界を立ち去る時がいつか来るのなら、僕たちはなんのためにこの世界で生きているのか」

今更ながらの問いかけです。

その晩、僕がたどり着いた唯一の結論は、僕たちが「愛」の存在であるということだけでした。

この肉体は、自動車が故障するのと同じように壊れるときもあれば、いつかは朽ち果ててしまうような存在だろう。

しかし、この魂の中にある「愛」は、朽ち果てることがないと信じられる。

僕たちは、愛そのものである。

この広い宇宙に存在する「愛」の一部として生き続けるならば。

いつの間にか僕は、かつてこの部屋にいて、この天井を見上げていたであろう、すべての子どもたちや大人たちに話しかけていました。


(サーラ)

ふと気づくと、広い病棟の中に赤ん坊の泣き声が響いていました。

その泣き声こそが希望だと感じました。

最初に病室に入った時、看護士さんから「赤ちゃんの泣き声がうるさいかもしれませんが、ご容赦くださいね」と言われました。

とんでもない。

あの赤ん坊の泣き声こそが、希望だ。

あの赤ん坊の泣き声こそが、光だ。

もっと高らかに歌っておくれ。

どうか、あの子の未来が、これから長く燦然と輝き続けますように。

そう祈りながら、僕は目を閉じ、深呼吸をしました。