皆さま、こんばんは。

いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。

いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。


(トリミング帰りのサーラ)

さて、今日はサーラのトリミングディでした。

いつものように、フーラの頃から十数年、ずっとお世話になっているトリマーのまーさんに可愛くカットしていただきました。


(トリミング後のサーラ)

僕は、最近、改めて犬と暮らしていて本当によかったなぁ、幸せだなぁ、と感じています。

犬との暮らしには大変なことも多いけれど、それ以上に喜びがたくさんあるのです。

理由のいかんに関わらず、犬を捨てる人間を、僕は許容することができません。

自分を幸せにしようとすることと同じように、犬を幸せにしてあげたいと思う人にとっては、この上ない喜びや楽しみが待っていますよね。

そして、犬たちは無償の愛を僕たちに与えてくれます。


(サーラ)

それでも、犬がいない生活はとっても楽だったなぁと、過去をを振り返って思い出します。

2018年にフーラが死んでしまってから、保護犬だったサーラに出会うまでの7ヵ月間、日々の生活はとても楽だったなぁと思い返すのです。

何時に寝てもよくて、朝、お散歩のために早起きする必要もない生活。

何か美味しいものが食べたくなれば、クルマに乗って、いつでもどこへでも行ってしまえる生活。

時間を気にせず、ペット不可のお店にも行き放題。

けれども、犬と暮らすことで生じる不自由さよりも、犬と暮らす喜びの方を、僕は選択しました。

彼らは生命ですから、彼らを失う不安や痛みは常にあるし、自分が最期まで彼らをみきれるかということへの恐れだってあります。

でも、サーラを抱きしめていると、このぬくもりだけは信じられる確かなものだと感じるのです。




もし、このぬくもりの大切さを邪魔するものがあるとしたら、それはなんだろう。

そのようなことを、僕はこのごろ考えます。

そのようなことがあるのだとしたら、神様か宇宙が、僕に何かを学ばせよう、悟らせようとしている事柄なのかもしれないと考えたりもします。

少し遠回しな言い方になっていますが、おそらく人が好むと好まざるとに関わらず、向き合わざるを得ないものを、これから表していくことになるのだろうと思っています。

明日も晴れるといいな。

そう願います。

あたたかい日射しが、

あなたにも、僕にも、

明日も降り注ぎますように。