皆さま、こんばんは。
いつもフーラとサーラを応援いただき、ありがとうございます。
いただいた「いいね」にお返事できておらず、すみません。
(今朝のサーラ)
犬生の幸せ、不幸せを分けるものは、なんなのでしょう?
生まれてから死ぬまで、人の愛情に包まれ、見守られ、幸せな犬生をまっとうする子がいます。
一方、一度は幸せであったはずなのに、人に見捨てられ、殺されていく子がいます。
一度は幸せであったはずなのに人に見捨てられ、それでも新たなご縁に恵まれて、幸せになれる子もいます。
そして、一度も人と暮らす幸せさを知らぬまま、捕らえられ、殺されていく子たちもいます。
この差は、いったいなんなのでしょう。
彼らは、自らの犬生を自ら切り開いて飼い主を選ぶ権利も、その力も持ちません。
彼らの運命は、人間次第なのです。
だから人間には、彼らの命や犬生に対して責任があるのだと考えます。
うちのサーラが幸せなら、あとはどうでもいいとは思いません。
サーラが幸せでいてくれるなら、他の行き場をなくした保護犬たちにも、みんな幸せになって、笑顔を見せて欲しいと願います。
なぜかって?
それは、犬が可愛くて仕方がないからです。
ただ、それだけ。
それがすべて。

